2026年6月27日 午前7時30分
【論説】太平洋戦争末期の沖縄戦終結から81年。沖縄県は23日、「慰霊の日」を迎えた。苛烈を極めた地上戦に巻き込まれ、県民の4人に1人が犠牲となった。二度と惨禍を繰り返さぬために、歴史に学び平和を継承する流れを絶やしてはならない。
沖縄戦は1945年3月26日、米軍が沖縄の慶良間(けらま)諸島に上陸して始まった。4月1日には本島にも進攻。日本陸軍は5月22日に本島南部への撤退を決め、住民被害が拡大した。
慰霊の日の23日には最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園で日米の計20万人超を悼む全戦没者追悼式が営まれた。
参列した高市早苗首相は引き続き在日米軍施設の整理・縮小に取り組む考えを強調した。しかし、沖縄には今も在日米軍専用施設の7割が集中する。米軍の普天間飛行場の返還については今年4月、日米合意から30年が経過したが、移設先とされる名護市辺野古が軟弱地盤という技術的難題や、国と沖縄県による長期の法廷闘争などがあって進展していない。国には基地が集中する切実な声に耳を傾け、具体的な負担軽減を積み重ねていく姿勢が求められる。
沖縄と周辺海域では、中国との間で安全保障上の緊張状態が高まっている。昨年12月には、中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射もあった。政府は、陸上自衛隊那覇駐屯地を拠点とする第15旅団を師団に格上げすることを決め、南西地域の防衛体制強化を図る。沖縄県の離島からの住民避難計画も公表している。県民の間では、台湾有事が起これば沖縄はまた戦場になりかねないという不安が広がっている。
現実に存在する基地負担や有事のリスクに向き合った上で、過ちを繰り返さぬために過去の悲惨な歴史を正しく学ぶ平和教育が欠かせない。
ところが今年3月の辺野古沖の船転覆事故をきっかけに、沖縄県のある高校が米軍基地見学を中止するなど、平和教育の萎縮が懸念される事態となっている。事故を受け国は、生徒1人が死亡した同志社国際高(京都府)に対し、乗っていたのは抗議船で多様な意見も示していなかったとして、学習内容が政治的中立に反すると認定した。
将来のある生徒の命を守れなかった悲劇を重く受け止めることは当然で、安全管理上の責任は厳正に問われなければならない。しかし、中立性の確保を徹底するあまり、沖縄が直面する基地負担や歴史の真実を学ぶ機会まで結果的に失われてしまうようなことは避けるべきだ。戦後80年が過ぎ、沖縄県に限らず、戦争体験者は数を減らしている。生きた歴史や現状を学ぶ教育の場として学校がその役割を果たすことは大切だ。
