【写真を見る】詩人・和合亮一が“熊本地震10年“へ紡いだ5編「人には なんとか元へ戻ろうという強さがある」 

福島県の高校で国語教諭を務める和合亮一さんは、2011年の東日本大震災直後から連作詩『詩の礫』を発表し続けるなど、国際的に高い評価を得る詩人です。

そして、熊本市現代美術館で開かれていた熊本地震の写真付きメッセージ展で、印象的な3作品の当事者に、和合さんが公開インタビューをしました。

<目次>
公開インタビュー
▼田端歩さんのエピソード
▼椎葉聡子さんのエピソード
▼内田夏子さんのエピソード
新作5編
▼「涙」
▼「泉」
▼「夜明け」
▼「十年」
▼「皿」
こちらも
▼10年前の5編も、今、読み返す

※和合さんが寄せた詩は、熊本市現代美術館で6月14日(日)まで開催されている「熊本地震と文化的処方ー私の心が動きはじめるときー」で展示されています。

■<田端歩さんのエピソード>

熊本地震が発生した2016年4月当時、熊本市の中央区役所に勤めていた田端さんは、時折、言葉を詰まらせながら当時のことを和合さんに話しました。地震直後は、職員も来庁者もパニック状態で行き場のない怒りを感じていたといいます。災害ごみを扱う部署にいたため、ほぼ苦情しか来ない非日常に、苦しくて、一人になった時や家に帰ったときに泣くことで自分を取り戻していたそうです。熊本地震が発生した5日後の4月19日が田端さんの誕生日でした。朝、上司がミルミルにメッセージを添えてデスクに置いてくれていました。田端さんはその場で大号泣、同僚はそっとしてくれていました。あれから10年、田端さんが和合さんに伝えます。「これからの熊本は、いつでも“お互いさま”という言葉を大事に、人に優しい街であってほしい」

■<椎葉聡子さんのエピソード>

椎葉さんは、フレスコ技法を得意とする画家です。熊本市南区川尻にある実家はいわゆる“古民家“で、2016年の熊本地震で大きな被害がありました。庭には数か月間、自宅から出た瓦礫が積まれた状態が続き、高齢の母は「こんな家、壊したい」と言ったそうです。気丈で明るかった母が、ケンカもできないほど弱っていたといいます。それでも家の大黒柱は無事で、壁さえ直せば大丈夫と知人の工務店が診断しました。そこで椎葉さんは自身の技術をいかして壁画を施し、家の再建を果たします。母も元気を取り戻しました。椎葉さんが和合さんに伝えました。「災害時、アートは新しく光を宿す行為ではないか」

Share.