生産拠点は、単にものをつくる場所にとどまるのか。それとも、価値を生み出し、外へと伝えていく場へと変わりうるのか。イトーキが滋賀県近江八幡のチェア工場のオフィスを「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」として全面改修した背景には、そうした問いがある。製造・開発・共創を横断しながら、人とアイデアが交わる空間は、工場の新たな役割を提示している。本記事ではデザインを担当した、イトーキのデザイナー 松木 陸と吉野美穂、開発設計 室長の近藤駿介に改修の背景と今後の展望について話を聞いた。

1階エントランス。壁面は展示が行えるようになっており、滋賀工場で生産されているチェアの部品が並ぶ。Photo by Ooki Jingu
モノを美しく散らす
——このプロジェクトはどのようにして立ち上がったのですか。
松木 陸(以下、松木)
本プロジェクトは2023年10月頃に始まりました。当時、工場では休憩室の改修やキャビネット工場の自主的な事務所リニューアルが進み、隣接するAPセンター(⾃社製品の保管・組⽴・出荷をする場所)も竣工するなど、敷地内の更新が段階的に行われていたんです。
一方で、チェア工場はそうした変化から取り残された状態にあり、生産拠点としての機能に加え、「人が集い、価値を生み出す場としてのあり方を再定義すべきではないか」。そうした問題意識が現場と経営の双方で共有されてきました。そうして、生産本部による判断と、現場からの期待が重なり、チェア工場のオフィスのリニューアルプロジェクトが動き出しました。

1階エントランスの奥は、社外パートナーや来訪者を迎え入れ、イトーキのモノづくりを伝えるための「共創エリア」にリニューアルした。Photo by Ooki Jingu

リニューアル前の1階の様子。
——ほかの工場のオフィスと異なるポイントを教えてください。
私たちが目指したのは、工場のオフィスのモデルケースをつくることです。これまで提案してきたオフィス空間の考え方を踏まえながら、工場らしさを生かす設計を意識しました。
空間構成には、製造・開発・共創・執務・食堂といった異なる機能を上下に積み重ねる「フロアスタッキング」を採用しています。上下階を行き来するなかで、人・情報・アイデアが自然に交わり、部門や立場を越えた関係性や共創が日常的に生まれる構造としました。

3階「没頭エリア」Photo by Ooki Jingu

琵琶湖の花崗岩(かこうがん)を用いて、つくられた鉢。Photo by Ooki Jingu
また近江八幡は観光資源も含め、地域の個性がひじょうに豊かな場所です。同時にイトーキのものづくりを支えてきた生産拠点であり、その存在自体が私たちのアイデンティティでもある。この土地の資源を生かすことで、地元への愛着や、この工場で働くことへの誇りを醸成できるのではないかと考え、琵琶湖の葦(ヨシ)、花崗岩(かこうがん)などの地域素材を空間に取り入れています。
近江商人の言葉で「買い手よし、売り手よし、世間よし」がありますが、デザインを通じて企業だけでなく、社会に対しても価値を提供できる、そうした課題解決のあり方を実現しようと試みました。

ワークスタイルデザイン本部 松木 陸
——床や壁、至るところにグリッドがあるのはなぜですか。
吉野美穂(以下、吉野)
さまざまなスケールを体感してもらいたいという意図があります。商品の開発時はスケールの違いを意識する場面が多いので、「このサイズだとどう見えるか」「別のスケールならどうか」といった検証を日常的に意識できるようにしています。モノづくりの現場ならではの寸法感覚や精度への意識を空間全体で共有することで、展示・対話・検証が自然につながる環境をつくろうと考えたんです。


天井と床、壁面、什器など四方に異なるグリッドが見られる。Photo by Ooki Jingu
さらにいうと1階は約2メートル幅、2階はそれより細かいピッチにしています。シンプルに見えますが、建物の面積の関係から完全にグリッドに揃えきれないところも。じつは扱いが難しく意識的に細部までつくり込んでいるんです。
空間のトーンはあえてモノクロームを基調としています。空間そのものを目立たせるのではなく、そこに置かれるプロダクトや試作物を際立たせるためです。さまざまなものを持ち込み、この空間を存分に使い倒してほしいという意図も込めています。また開発者それぞれの“推し”を見せられる棚も設けているので、自由に展示し、お客さまにアピールする場として活用していきたいです。

1階の来客の多い共創エリアの片側の壁面は “推し”を見せられる棚となっている。Photo by Ooki Jingu
——使い手の個性や趣味が表れていくような場ですね。
吉野
「美しく散らす」というコンセプトを全体に共有しています。「それぞれの作業の痕跡や好きなものが滲み出る状態が、ほかのひとのアイデアの創出や可視化につながっていく」という考えで進めているところです。従来の島型オフィスでは、モノを散らせば単に雑然とするだけでしたが、ここでは“見せる散らかし方”が求められます。今後は運用面も含めて、その見せ方を探っていきたいです。

ワークスタイルデザイン本部 吉野美穂
——日本橋の本社オフィスのような都市型オフィスの設計とは、異なるアプローチですね。
松木
そうですね。チェア工場は、多様な製品と技術が集約された場であり、イトーキの開発力を象徴する拠点です。さらに年間約1,200人の見学者が訪れることからも、対外的な“顔”としての側面も担っています。
そのため、来訪者の動線設計や、製品を見せる場としての機能も重要です。1階と2階では開発やコラボレーションの様子を見せると同時に、ホスピタリティをもって来訪者を迎える。その点は、日本橋の本社オフィスとも共通しています。

2階「共創エリア」Photo by Ooki Jingu

リニューアル前の2階の様子。
営業していく、工場
——今回のように空間全体が更新されると、そこに身を置く体験そのものが変わりますよね。日常的に利用される近藤さんをはじめ従業員のみなさんが特に気に入っている場所やポイントがあれば教えてください。
近藤駿介(以下、近藤)
私は開発部門に所属していることもあり、開発ラボとエルゴノミクスラボのリニューアルが嬉しいと感じました。以前はオフィスの一角に仮設的にモーションキャプチャーを設置していただけの環境でしたが、本格的な計測ができる先進的な空間へと生まれ変わっています。これにより、開発の精度や価値を一段と高める環境が整ったという手応えがあります。

2階 開発ラボ内の「バーチャルスタジオ」。MR(ゴーグルを使用して現実空間にデジタル映像を重ねる技術)を活用し、企画部門のある東京と設計・生産部門のある滋賀を接続。拠点や部門を越えた共創型の開発を日常化し、開発の質とスピードの向上を図る。Photo by Ooki Jingu

2階「エルゴノミクスラボ」。モーションキャプチャーやシートトレーサーを用いた身体データに基づく検証ができる。Photo by Ooki Jingu
一方で、工場側のメンバーからは、1階と2階の共創エリアや、3階の没頭エリアを気に入る声も挙がっています。これまで工場ではあまり意識されてこなかった外部とのコラボレーションの場が生まれたことに加え、没頭エリアのように一人で集中して過ごせる場所ができたことで、働き方の幅が広がったと感じています。
私自身も共創エリアを気に入っています。そこに展示されているのは、製品カタログに掲載されるような完成品ではなく、試作品や他社とのコラボレーションによるプロトタイプです。これまで水面下で行われてきた取り組みを可視化し、共有できる場が生まれたことに、大きな意義と可能性を感じています。

生産本部 室長 近藤駿介
——この空間を今後どのように使っていきたいですか。
近藤
工場の役割は、まず「いいものを、安く、早くつくり、お客さまに喜んでいただくこと」に尽きると考えています。これは工場の一丁目一番地であり、できて当たり前でなければなりません。
そのうえでもうひとつ柱を挙げるとすれば、売り上げへの貢献です。これまで工場は無機質な場所で来訪者を迎えるところではないという認識もありましたが、そのあり方は大きく変わりつつあります。
イトーキは空間を提案する会社です。それにもかかわらず、東京や大阪の営業拠点やショールームだけが整い、「工場は変化から取り残されている」と工場に訪れたお客さまに受け取られてしまっては本末転倒。そうした危機感から、自分たちの手でオフィス環境の改善を進めてきました。
その結果、徐々に工場へ足を運んでもらえるようになり、「工場は営業に活用できる場である」という認識が広がっていきました。さらに、実際のものづくりの現場やこだわりに触れていただくことで、製品への理解や信頼が深まり、それが結果として購入へとつながっていく。そうした手応えも感じ始めています。
これからは工場という場そのものが価値を伝え、売り上げに貢献する存在となることを、着実に実現していきたいと考えています。

——女性従業員の割合も20%ほど上がっているそうですね。
吉野
私が新入社員の頃は、もっと働いている方の年齢層が高く、いわゆる職人的な縦の関係が強い印象でした。その時の現場を知っているからこそ、今の工場が変わりつつあることを実感しています。だからこそ、これからは若い人たちの意見をもっと取り入れて、新しいことにどんどん挑戦していける場所にしたいです。
——一方で年配の方々の反応はどうだったのですか。
近藤
長く働いてくれているベテラン社員の中には、やはり変化に戸惑ったり、現状を好む人も少なくありません。島型のオフィスがいいと頑なに言う人も多かったですし、当然ギャップはあったと思います。
ただ、実際に運用を始めていくなかで、少しずつ理解が進み、今ではそれぞれが自分に合ったかたちで空間を使いこなしています。世代によって感じ方の違いはありつつも、結果として働き方の選択肢が広がっていると感じています。

3階「食堂」。自然光に包まれた開放的な空間が、利用者の気持ちをゆるやかに切り替えてくれる。Photo by Ooki Jingu
——これまでのやり方に固執せず、全体としての成長につながるのであれば新しい選択を取る。その判断は決して簡単ではありませんよね。
近藤
今までは自分たちで手直ししてきた分、自信もありましたし、多少不満があっても納得できていました。でも、吉野さんと松木さんのように普段は工場にいない人の視点でつくられる空間に対しては、当初さまざまな意見があったのも事実です。ものづくりの現場をどこまで理解したうえで設計されているのか、不安に感じる声もありました。ふたりから企画から完成まで丁寧な説明を受けることで、現場のメンバーからも納得感をもって受け入れられ、今では前向きに活用されていると感じています。
今後は、私含めこのオフィスで働く人たちによる自治会のような仕組みを立ち上げ、実際に使いながら「もっとこうしたほうがいい」といった意見を吸い上げていきたい。相談を重ねながら改善を続けていければと思っています。100%完成された空間というよりも、常に未完成でありつづけ、更新されていく場にしていきたいです。
(文/AXIS 西村 陸)
