2026年4月26日(日)、京都の「北野天満宮」で開催された「KYOTO スポーツカー&スーパーカー・ヘリテージ・ギャザリング 北野天満宮 2026」にフェラーリF40で参加した友人と一緒に参加したのでその様子を報告する。今回は2回の連載のうちの前編である。

北野天満宮とは京都の北野天満宮は、菅原道真公(菅公)を御祭神としておまつりする全国約1万2000社の天満宮・天神社の総本社で、古来から「北野の天神さま」と親しまれ、入試合格・学業成就・文化芸能・災難厄除祈願のお社として幅広く信仰されている。

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フェラーリF40数ヶ月前にフェラーリF40(以下F40)の友人から「参加するので一緒に行きませんか?」とオファーを頂き、当日は雨ではなかったので一緒に行ける事に。実は私は10年前のミウラ50周年の「ランボルギーニ・ヘリテージ・ギャザリング in 京都」の時に友人のランボルギーニ・ミウラの助手席で北野天満宮に行ったことがあり、早いものであれから10年が経った。今回は朝5時に友人のF40のガレージで待ち合わせることに。自宅を出る時は空はほぼ真っ暗であったが、友人のガレージに着いた時には、うっすら明るくなっていた。早速ガレージのシャッターが開き、F40のエンジンが掛かる。勇ましいアイドリングが始まるが、意外と早くアイドル回転数が2段階で下がってくるのがエンジン音で分かった。友人はF40を一旦ガレージから出し、エンジンを切る。クルマが保管されていた床にオイルや水の跡がないことをチェック。次にリヤカウルを開けるのだが、見た目よりも意外と重く2人で一緒に持ち上げる。私1人では持ち上げられない重さと感じた。リヤカウルを開けると、友人はエンジンルーム右奥にあるオイルタンクのオイル量をチェック。タンクの蓋から伸びるオイルレベルゲージが思ったよりも長い事に気がついた。ドライサンプなのでオイル量も多そうだ。次にエンジンルーム左奥の冷却水タンクの水量も確認。そして最後にライトでエンジンルーム内を照らし異常がないことをチェック。ここまでの一連の作業が素早く、手慣れているのがよく分かったが、やはり普通のクルマではないことも伝わってくる。助手席に乗り込む為にドアを開ける。実はF40のドアの重さは見た目以上に軽く、いつも開ける度にその軽さに感心する。軽量化が実感できる瞬間だ。その後ガレージを後にして三重県の某パーキングエリアを目指す。ここで今日一緒に行く友人の仲間達と合流予定なのだ。私はF40の助手席は今回で4回目であるが、意外と乗り心地は良く、路面からの突き上げは悪くない。そして時々、ボディの骨格がカーボンで出来ているのを感じる瞬間がある。但し、室内の音は大きく会話をするには、運転手に近づいて大きな声で話す必要がある。

伊勢湾岸自動車道を走行中のフェラーリF40。小さな助手席のサイドミラーにはサイドダクトとリヤウイングと朝の太陽が映る。助手席からサイドミラーを見るとF40のデザインの特徴であるサイドダクトとリヤウイングが映っている。サイドミラーは現代の基準からするとかなりコンパクトである(逆に最近のクルマが大き過ぎると感じた。法規もあるが)。私は以前トヨタ自動車の実験部で新型車の開発も経験していたので、このミラーのサイズを見た時、当時のフェラーリは最高速度315km/hを目指す為に空力の損失を少しでも減らそうとミラーの面積を極力小さくしたのだろう、と勝手に考えた。

北野天満宮へ待ち合わせの三重県の某パーキングエリアに到着後、空はすっかり明るくなっていた。次々に仲間のクルマが集まり、油断するとクルマ談義が始まってしまうのだが、8時集合に間に合う様に、楽しいクルマ談義はそこそこに、皆んな揃って京都の北野天満宮を目指し走り出した。

助手席で北野天満宮まで往復した友人のフェラーリF40。ナビに従い名神高速の京都東インターで降り、国道1号線から京都市街に入り北西に走る。日曜日の朝のせいか京都の街の流れはスムーズで、朝7時半に北野天満宮に到着した。

北野天満宮朝7時半に北野天満宮に到着。薄い緑のウエアを着たボランティアスタッフが見える。会場の北野天満宮の駐車場に着くと、薄い緑のウエアを着たスタッフの誘導に従い、クルマに乗ったまま受付を済ます。エントリーパスとリストバンドを受け取り、再び誘導に従いF40はフェラーリF50の横に誘導された。絶好の撮影スポットである。

フェラーリF40(左)とフェラーリF50(右)のツーショット。周りの人々からスマホやカメラを向けられている中をF40の助手席から降りる。会場の駐車場の日陰のせいか、意外と冷んやりと感じた。会場の奥に進むと早速今回の「主役」のランボルギーニ・ミウラ(以下ミウラ)が2台並んでいた。未だ人が少ない時間だったので早速2台を撮影。

朝8時前に既にミウラが2台並んでいた。この時はまだ人は少ない。実は2台共知人のクルマであったが、丁度クルマの近くに茶色のミウラのオーナーが居たので早速ご挨拶。私の近況報告も含め久々に話をしていると、会場に続々と参加車両が入って来た。良く見ると全く同じモデルが被っていないことに気が付いた。今回は約80台のクルマが集合したそうだが、モデル違いはあるが全く同じクルマが被らない様に事務局や関係者が事前に調整した様で、やはり今回のイベントも裏方の皆さんに支えられている、と実感した。

参加車両が続々入ってくる。右はランボルギーニ・カウンタック5000クアトロバルボーレ。ボランティアスタッフから駐車場所の説明を受けるランボルギーニ・カウンタック25thアニバーサリー。開会式9時頃から文道会館前で開会式がスタート。多くのオーナーや関係者が集まる中、会場の境内の砂利の上に白のミウラP400Sが一台置かれており、その横で主催者の西川淳氏の挨拶が始まった。「ミウラ誕生60周年」を祝うイベントの開会式の横でのミウラの展示は、大いに納得できる演出であった。

文道会館前で開会式の挨拶をする主催者の西川淳氏。その隣はミウラP400S。多くの参加者が集まる中、文道会館前で開会式の挨拶をする北野天満宮の宮司さん。交通安全祈願開会式の後、オーナーや関係者一行は三光門を通り国宝の御本殿での交通安全祈願に臨んだ。

北野天満宮の三光門。交通安全祈願が行われた国宝の北野天満宮の御本殿。西川淳氏が祈願の代表を務め、参加者全員で交通安全祈願に臨む。御本殿では参加者全員が座り、西川淳氏が代表し起立した状態で交通安全祈願を行った。交通安全祈願終了後、下駄箱で靴を履き、車両の展示場所に戻る途中、偶然ミウラP400SV(以下ミウラSV)のオーナーが私の横を歩いていた。実は丁度2週間前、私は奈良県の薬師寺で開催された「コンコルソ デレガンツァ ジャパン 2026」にボランティアで参加しており、その時私の友人からこのミウラSVのオーナーを紹介して頂いたばかりであった。歩きながらミウラSVのオーナーにご挨拶させて頂くと、薬師寺の時のことを覚えてくれていたので、これだけでもとても嬉しい瞬間であった。実は私は1977年のスーパーカーブームの時からミウラが一番好きだったので、学生時代から洋書や資料を集めては勉強していたのだが、この時ミウラSVのオーナーからこんな貴重なお話を伺った。

「ランボルギーニ&デザイン・コンクール・デレガンス」の「Best of Show」受賞のミウラSVオーナー曰く「私のSVはP400SからSVに切り替わった時のファーストロット5台のうちの1台で、1台はランボルギーニのクルマになったので、私のクルマがSVの市販1号車です。実は当時フロントカウルはP400Sの「まつげ」有り仕様しか無かったので、SVだと「まつげ」が無い分、フロントランプの上下に「まつげ」部分の空間が空いてしまうので、それを埋めるためにフロントランプの上下に「黒い板」が付いているんです。その後のSVは、SV専用のフロントカウルになったのでこの「黒い板」は無くなりました」。実は私は昔から、SVなのに何故フロントランプ周りに「黒い板」の有無仕様の2種類が存在しているのか?気になっており、理由を知らなかったが、この瞬間永年の謎が解けた。そしてオーナーから続けて、「私のミウラSVは2017年にスイスでランボルギーニ社のポロストリコが主催した「ランボルギーニ&デザイン・コンクール・デレガンス」で、大会の最高賞の「Best of Show」を受賞しています」と。要はランボルギーニ社が認めた世界一のランボルギーニ・ミウラである!そのクルマのオーナーから直接話が聞けて、かつそのクルマが今日ここに来ていることに衝撃を受けた。わずか約100mをミウラSVのオーナーと一緒に歩いている時に聞いた話であったが、この日私が一番盛り上がった瞬間であった。ミウラSVのオーナーに大感謝である!!

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