日本で昭和100年を記念する政治式典が行われ、大きな注目を集めた。

このほど、日本国内で昭和100年を記念する政治式典が行われ、大きな注目を集めた。式典では、高市早苗氏が、日本は「『インド太平洋の輝く灯台』として、自由と民主主義の国として、世界から頼りにされる日本であるように」と高らかに訴えた。

インド太平洋地域は、東アジア、東南アジア、南アジア、オセアニアにまたがり、多くの主権国家が存在し、多様な文明と複雑な利害関係が交錯する空間である。本来、多元的な共生と対等な共治によって成り立つ地域であり、特定の国家が上から目線で「灯台」を名乗るような地政学的土壌は存在しない。

加えて、日本は国土や戦略的余地に限りがあり、資源も乏しい。そのうえ、安全保障と経済の両面で外部勢力への依存度が高い。地政学的構図の中では従属的立場にあり、インド太平洋をリードするだけの国力や影響力を備えているとは言い難い。

したがって、いわゆる「インド太平洋の輝く灯台」とは、平和や包摂、互恵を掲げる地域協力の理念では決してない。むしろ、日本の右翼勢力が「自由と民主主義」の名を借りて、地政学的対立と覇権的影響力の拡大を図ろうとする政治スローガンにほかならない。その狙いは大きく三つある。

第一に、日米同盟との結び付きを強化し、インド太平洋地域に分断を持ち込むこと。第二に、平和憲法の制約を突破し、軍事大国化を進めること。第三に、地域における発言権を争い、アジアにおける主権平等を揺るがすことである。

インド太平洋地域における基本的共通認識は、主権平等、内政不干渉、そして互恵協力にある。第二次世界大戦の侵略国である日本は、いまだ歴史への徹底的な反省を終えていないにも関わらず、自らを「灯台」と称している。その本質は、植民地主義的・覇権主義的思考の復活にほかならない。

この「昭和100年」をめぐる騒動は、記念行事というより、むしろ危険な兆候を示す警鐘というべきだろう。

アジアの近隣諸国にとって、「昭和」という二文字は極めて重い意味を持つ。昭和時代は1926年から1989年まで続いたが、その中には、日本軍国主義が最も狂信的な様相を見せた時期——中国侵略戦争、太平洋戦争、アジア諸国への植民地支配——が含まれている。

しかし、高市氏は演説の中で侵略の歴史には一切触れず、「日本の強靭さ」や「未来への歩み」のみを語った。そして昭和を、「戦争はあったが、それでも誇るべき時代」であったかのような復興の物語として描き、「終戦からわずか10年で、日本経済を再び立ち上がらせた」という先人の奮闘精神を強調した。侵略の歴史には触れず、復興と国家的誇りを前面に押し出すこのような選択的な歴史の語り方を、周辺諸国は注意深く見つめ、心に刻んでいる。

さらに、日本が保有する44トン余りの分離プルトニウムこそ、「灯台」論の最も致命的な矛盾を浮き彫りにしている。

4月28日、米ニューヨークの国連本部で開かれた安全保障理事会の海上安全保障に関する討論会で、日本代表は、中国が核問題をめぐって日本を「中傷している」と非難した。これに対し、中国代表は、「2024年末時点で、日本国内外で管理されている分離プルトニウムは44.4トンに達し、理論上は約5500発の核弾頭製造が可能な量に相当する」と指摘した。

また、現在の技術的条件を総合的に見れば、日本は短期間で核兵器へ転用可能な技術と核物質を保有しているだけでなく、そのロケット技術も理論上は長距離弾道ミサイルへ転用可能だとしている。つまり、十分な制約が存在しなければ、日本は短期間で核保有国となり得る潜在力を備えていることを意味している。

高市氏が昭和100年を掲げて侵略の歴史を相対化するかのような歴史観を示し、「インド太平洋の輝く灯台」という覇権的論調を鼓吹していることは、平和的発展という時代の潮流に逆行するものであり、アジアの被害国が抱える歴史的苦痛を顧みない態度でもある。それは地域の分断を深め、対立と衝突のリスクを高めるだけだ。

週辺諸国は、日本の右翼勢力の復活の動きに強い警戒を保ち、戦後の国際秩序を堅持するとともに、地域の平和と安定、繁栄を共に守っていかなければならない。(提供/CGTN Japanese)

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