
「スウォッチ」のインスタグラムアカウント@Swatchから。「オーデマ ピゲ」とのコラボレーションを伝えるティザー動画
ゴールデンウィーク中、主要新聞の朝刊各紙は「スウォッチ(SWATCH)」の全面ティーザー広告を掲載した。最初の5月2日は、シンプルなドットパターンなどを背景にムーブメントの一部と「May 16th(5月16日)」という文字だけの広告を2パターン。4日には、また別のブリッジと、機械式ムーブメントの心臓部である「テンワ」の一部を使った2パターン。だがこの時点でも、文字は「May 16th」だけだった。しかし6日、「Royal」または「Pop」の文字をそれぞれ記した広告が掲載される。ここで時計愛好家の一部は、この広告の意味に気がついた。「これは『スウォッチ』と『オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)』のコラボ広告だ」と。なぜならこの「Royal」の文字が「オーデマ ピゲ」の時計“ロイヤル オーク”と同じで、一方「Pop」の「P」が「オーデマ ピゲ」のイニシャルの「P」を彷彿させるものだったからだ。そして9日の全面広告で、誰の目から見てもこの広告が「オーデマ ピゲ」と「スウォッチ」のコラボモデル“ロイヤル ポップ”の広告だとはっきりした。
またジュネーブの時計フェア「ウオッチズ・アンド・ワンダーズ・ジュネーブ 2026(WWG2026)」の期間中には、「The real wonders are happening in May(本当の驚きは5月に起こる)」というキャッチコピーと共に、8色のストラップが描かれた広告がすでに掲載されていたという。さらに「スウォッチ」の公式Instagramでは「Royal Pop x Swatch」という動画が3日に公開されていた。過去の「オメガ(OMEGA)」や「ブランパン(BLANCPAIN)」とのコラボモデルと同様、これが全世界規模で行われたようだ。
ただ今回のコラボは、過去の2つとはまったく異なる。「オメガ」と「ブランパン」はスウォッチグループ内、つまり身内の時計ブランドだ。しかし「オーデマ ピゲ」はその立ち位置がまったく異なる。独立系で、しかも「スイス3大時計ブランド」のひとつに数えられる名門中の名門。だから「グループの垣根を超えてなぜこのコラボが、いったいどんな経緯で、どんな目的で行われたのか?」が気になるのは当然だ。とはいえ、現時点で両社からコラボの事実以上の公式な発表はない。まずはどんな製品になるかを予測したうえで、30年以上も時計業界をウオッチしてきた時計ジャーナリストとして「オーデマ ピゲ」側、「スウォッチ」側からそれぞれ、今回のコラボの理由を勝手ながら推察してみたい。
発売するコラボ時計は、カラフルな
バイオセラミックの機械式
5月16日に世界同時発売するコラボモデル“ロイヤル ポップ”がどんな腕時計になるのか?まずは海外メディアの推察も踏まえた上で予測してみよう。デザインは、ケースも文字盤も当然ながら“ロイヤル オーク”を踏襲したもの。8角形ケースに8角形ベセルを備え、タペストリー文字盤でポップなカラーリングのスポーツウオッチになるだろう。カラーバリエーションを何種類も用意するはずだ。ケースやブレスレットの素材はもちろん、「オメガ」とコラボした“ムーンスウォッチ”と同じバイオセラミック素材だろう。
ただ“ムーンスウォッチ”と異なるのは、クォーツ式ではなく、2025年に登場した「ブランパン」とのコラボモデル“スキューバ フィフティ ファゾムス”と同じ機械式モデルになること。これはティーザー広告に機械式時計特有の「ブリッジ」や「てんぷ」と「ひげぜんまい」が用いられていることから間違いない。ムーブメントが新規開発される可能性はゼロではないが、ブリッジなどのディテールを見るとその可能性は低く、13年に開発・発表した51個のパーツで構成される自動巻きムーブメント「システム51」が搭載されるだろう。そして価格は“ムーンスウォッチ”が4万円台、“スキューバ フィフティ ファゾムス”が6万円台であること、昨今の円安を考えると、7万〜10万円程度の価格帯になると考えられる。
「オーデマ ピゲ」の目的は
「若い世代へのアピール」?
では、なぜこのコラボが実現したのか? そしてその目的は?
まず実現の背景には「オーデマ ピゲ」のフランソワ=アンリ・ベナミアス(François-Henri Bennahmias)前最高経営責任者(CEO)と、スウォッチ グループのニック・ハイエック(Nick Hayek)CEOの親密な関係がある。オーデマ ピゲとスウォッチは18年に機械式時計の心臓部に使う耐磁性のひげぜんまい「ニヴァクロン™」を共同開発した親密な関係であり、またベナミアス前CEOは“ムーンスウォッチ”が登場した22年当時、「これは最高のアイデアだ!」と絶賛したと言われている。
ちなみにこの“ロイヤル ポップ”はスウォッチ グループが24年に商標登録している。おそらくこの頃から「オーデマ ピゲ」との間でプロジェクトは進んでいたのだろう。もしかしたらこれは、ベナミアス前CEOの「オーデマ ピゲ」への「最後の置き土産」かもしれない。
ところで「オーデマ ピゲ」にとってこのコラボの目的は何か?筆者が推測する、そして今回チェックした時計専門ウエブメディアが一様に指摘してい理由は「若い世代での“ロイヤル オーク”と『オーデマ ピゲ』ブランドの認知向上」だ。
「オーデマ ピゲ」はフランソワ=アンリ・ベナミアス前CEOの指揮の下、この10年間で最も成長した時計ブランドだ。彼は12年5月にスイス本社の暫定CEOに就任。さらに13年1月にはグローバルCEOに正式就任。11年間の在籍期間中に約6億スイスフラン(約1200億円)だった売上高を、退任時には約24億スイスフラン(約4800億円)の業界3位に相当する規模へと成長させた。退任後の25年の同社売上高は、時計のコンサルティング会社ラクス・コンサルとモルガン・スタンレーが毎年共同で発表している推定によれば前年比9%増の約26億スイスフラン(約5200億円)。売上高で「オメガ」を抜いて業界3位に浮上した。利益率は約33%と推定されている。
この爆発的成長を可能にしたのが、生産数を絞って製品価格を値上げし、市場での希少性を高めたこと。そして伝統的な時計愛好家に留まらず、世界の富裕層をターゲットにした直営ブティック主体の販売戦略を採ることだった。直営戦略の背景にはベナミアス前CEOが1999年に北米支社の社長兼CEOに就任して以降、ニューヨークやマイアミのブティック展開を成功させてきた事実がある。
ただ爆発的な成長が絶賛される一方、時計愛好家の間では同社製品の評価や販売体制の評価はビジネス界ほど高くはない。なぜなら創業者の名を冠したクラシックなコレクションを事実上廃し、ラグジュアリー・スポーツウオッチの“ロイヤル オーク”や、ニュー・クラシックと位置付けた新コレクション“コード11.59 バイ・オーデマ・ピゲ”に集中。さらに価格設定を高額にシフトし、製品戦略を劇的に変更したからだ。このふたつの戦略の結果、売上高は爆増したが、顧客層の固定化は将来のファン層(若年層)へのリーチという新たな課題を生む。「オーデマ ピゲ」などの高級時計は若い世代の間ではもちろん、一般の消費者からも「自分たちとは無縁のもの」としてスルーされる対象になりつつある。これは時計業界全体の問題で、別格の存在と言われる「オーデマ ピゲ」としても、長期的な視野で考えればとても大きな課題だ。
今回の「スウォッチ」とのコラボモデルは、数百万円〜数千万円という価格に加え直営ブティックでも入手困難な“ロイヤル オーク”を、ポップなデザインと低価格で提供することで、将来の顧客となる若年層に知ってもらう戦略と考えられる。これまで大成功を収めてきたとはいえ、もはやブランドのプレミアム化戦略は限界という認識があるのだろう。つまり「オーデマ ピゲ」にとっては未来への投資実験として、充分に価値がある試みなのだ。
「スウォッチ」にとっては、
千載一遇のチャンス
一方、スウォッチ グループにとってこのコラボの目的は間違いなく “ムーンスウォッチ” と“スキューバ フィフティ ファゾムス”を超えるヒット作の創造による「スウォッチ」、さらにはグループ全体の業績回復だ。前出の推定によればスウォッチ グループの2025年の推定売上高は前年比5.9%減の62億8000万スイスフラン(約1256億円)。営業利益が前年の半分以下に激減したとの情報もある。特にコロナ以前は好調だった中国市場の需要が回復せず、苦しい状況が続いている。しかも前に述べたように、現在の時計市場では傘下の高級時計ブランドによる反転攻勢はまったく期待できない。現状維持が精一杯だ。しかし比較的手頃な価格の「ロンジン(LONGINES)」や「ティソ(TISSOT)」は好調だし、「スウォッチ」のこの“ロイヤル ポップ”ならより低価格で、あらゆる世代にアピールできる。しかも「オーデマ ピゲ」のブランドネームでこれまでの2つのコラボコレクションとは別格の大ヒット作になる可能性がある。ファッションアイテムとして認知されれば、さらに1980年代のスウォッチブームのようにコレクターズアイテム化すれば、ひとりで何本も購入してもらえる可能性も高い。つまり「スウォッチ」にとってこのコラボは、はっきり言ってメリットしかない。
“ロイヤル ポップ”には、スイスの時計業界からも期待の声が上がる。25年は世界への輸出額がマイナス約1.7%と停滞期に入った。状況を少しでも変える起爆剤なってほしいという切実な願いが見える。「プレミアム化戦略はもう限界」と感じているのは「オーデマ ピゲ」だけではない。低価格のカジュアル化戦略が有効なら自分たちも、と考えるスイスの時計ブランドは少なくないはずだ。
まだどんなモデルなのかは確認できないが、時計ファンの間では、この“ロイヤル ポップ”が「史上もっとも身近なジェラルド・ジェンタ・モデルだ」と評価する声もある。天才ウオッチデザイナーのジェラルド・ジェンタ(Gerald Genta)は1972年の“ロイヤル オーク”で「鋼鉄(スチール)を金と同じ価値に変えた」と評価されている。その伝説のデザインがカジュアルウオッチの世界で本格的に製品化されることで、時計業界に何が起起こるのか?過大な期待はできないが、ジェンタ作品が半世紀を超えても輝き続けていることを考えると、何か面白いことが起きる可能性はあると思う。
