和歌山城(和歌山市)

 和歌山市のシンボルとして親しまれている和歌山城の歴史は豊臣秀吉が1585年、弟の秀長に築城を命じたことから始まる。今も残る築城時の面影を探してみた。

市民に親しまれている和歌山城(和歌山市で)市民に親しまれている和歌山城(和歌山市で)

 戦国時代の和歌山県内では、紀の川河口を統治した「雑賀衆」のほか、根来寺を中心とする僧兵集団「根来衆」などの勢力が割拠。秀吉は同年の紀州攻めで諸勢力を屈服させた。

 その後、四国攻めを視野に入れた秀吉は、秀長に和歌山城の築城を命じた。和歌山市内で観光ガイドを務める松浦光次郎さん(61)によると、豊臣期の石垣は自然石を加工せずに積み上げた「
野面(のづら)
積み」が特徴。天守を支える石垣のほか、二の丸庭園近くの石垣などで今も見られるという。

石垣について説明する松浦さん(和歌山市で)石垣について説明する松浦さん(和歌山市で)

 天守を支える石垣は、別の用途で使われた石材を石垣に利用した「転用石」が多いのも特徴だ。仏塔などから転用されたとみられる石材約60個が確認されているという。松浦さんは「戦国時代の切迫した状況で、できるだけ早く築城しようと、あらゆる場所から石を集めてきたのだろう」と話す。

 関ヶ原の戦い後に紀州を治めた浅野
幸長(よしなが)
や紀州徳川家による改築が続き、石垣の石材や工法も変化した。

 同市和歌山城整備企画課によると、浅野期の石垣は、主に石を四角く割って積み上げ、隙間に「
間詰石(まづめいし)
」を詰めた工法で「打ち込み
接(は)
ぎ」と呼ばれる。徳川期の石垣は「切り込み接ぎ」と呼ばれる工法が特徴で、石を切り出して面を平らにした上で隙間なく積み上げている。大手門から伏虎像までの間で確認でき、高い石材加工技術がうかがえる。

 松浦さんは「それぞれの違いを知ってから城を訪れると、見応えが違う。多くの人に、城の魅力を感じてほしい」と呼びかける。(阪本繁紀)

秀吉に献上羊羹を再現 太閤秀吉献上羊羹(和歌山市で)太閤秀吉献上羊羹(和歌山市で)

 室町時代中期に創業し、秀吉にも取り立てられたという和菓子店が今も和歌山市内で営業している。「総本家 駿河屋善右衛門」は、秀吉が催した茶会に
羊羹(ようかん)
を献上したことがあるといい、2018年に当時の再現を試みた「太閤秀吉献上羊羹」を発売した。

 店の岡本良太会長(51)によると、小豆や砂糖、葛などを混ぜて竹皮で包んで蒸し固めた「蒸し羊羹」。もっちりとした食感や、あっさりとした甘みが特徴だ。岡本会長は「残っている情報が少ない中、今の人の味覚に合うよう試行錯誤した」と説明する。

 太閤秀吉献上羊羹は1本1944円(税込み)。駿河町本舗(和歌山市駿河町)などで購入できる。本社工場小倉店(同市小倉)は茶寮も併設しており、カステラやパフェといった軽食のほか、抹茶やコーヒーなども楽しめる。

 茶寮の営業時間は午前10時~午後5時(ラストオーダーは午後4時)。不定休。問い合わせは駿河町本舗(073・431・3411)。


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