メドック5大シャトーのひとつ「シャトー・ムートン・ロスチャイルド」が造る高級ワインからカジュアルな「ムートン・カデ」シリーズまで、ボルドーワインの一大生産者であるバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社。同社にとってチリは特別に思い入れのある土地だ。来日した社長兼CEO フィリップ・セレイス・ド・ロスチャイルドさんに、チリへの思い、そしてワインの将来をJBpress autograph編集長・鈴木文彦がたずねた。
フィリップ・セレイス・ド・ロスチャイルド
1963年、フィリピーヌ・ド・ロスチャイルド男爵夫人(1933-2014年)と俳優ジャック・セレイスの長男として生まれる。2014年、他界した母を継いでバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社の監査役会会長に就任。2018年に同社社長兼CEO就任。それまでは金融、インフラ、環境・エネルギー、IT、教育などさまざまな分野で管理職、経営者として活躍していた。レオナール、マチルド、ナタンという3人の子どもの父親でもある
オーパス・ワン、アルマヴィーヴァ、そしてエスクード・ロホ
「昨日まで仕事と休暇とで北海道に行っていたんですよ。すごく寒かった!でもとにかく美しかった!山も森も雪も」
2026年3月の中頃。東京でもまだほとんど桜は咲いていなかった。最近では珍しく気温の低い早春だ。
「寒かったというのはむしろ幸運ですね」
「まさに。崇高な景色と温泉が堪能できました。火山があって……火山でスキーができるんですよね。そんなところは、私は北海道とチリしか知らない」
フィリップ・セレイス・ド・ロスチャイルドさんは私にスマートフォンで写真を見せながら、ソファーに腰をおろした。
「今回はチリワインを話題にようとしていますが、フィリップさんはチリにも頻繁に行くんですか?」

「かなり旅していますよ。北は砂漠から……砂漠にワインはないですけれど、南は南極のそばまで。もちろん、ブドウの産地めぐりで、サンティアゴ、マイポ、コンチャグア、テムコ……さまざまな体験を通して、テロワール、クリマ……それはつまり、その場の空気、湿度、湿度は重要です、それに技術、芸術。そう、少し前にまた素晴らしい土地をチリで見つけているんです」
テロワールとクリマはワイン用語だけれど、今回は大雑把に土地固有の気候風土とそこで生きる人間の暮らしぶりや文化、くらいに捉えていただきたい。
さて、今回の私の話し相手、フィリップ・セレイスさんはかのロスチャイルド家の一員である。ドイツの銀行家でロスチャイルド家を財閥とした人物がマイアー・アムシェル・ロスチャイルド(1744-1812年)。その5人の子どものうち、2人がワインに関わっていて、三男ナサニエルを祖とするのが、現在、シャトー・ムートン・ロスチャイルドを営む「バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド」、5男ジェームス・ロスチャイルドを祖とするのがシャトー・ラフィット・ロートシルトを営む「ドメーヌ バロン ド ロートシルト ラフィット」だ。フィリップ・セレイスさんは「バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド」の方の社長兼CEO。
※ロスチャイルドは英語風の読み方で、ロートシルトはドイツ語風、フィリップ・セレイスさんたちは正式にはロスシルドとフランス語風の読み方を採用している。今回は日本で馴染み深いロスチャイルドと以降表記する。
「バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド」は本拠地であるフランス・ボルドーのほかに、1978年にカリフォルニアでロバート・モンダヴィとともに「オーパス・ワン」というワイナリーを設立したのだけれど、1997年にはチリで「バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド・マイポ・チリ」というワイナリーを設立し、1998年にコンチャ・イ・トロ社とともに「アルマヴィーヴァ」というワインをリリースしている。
そしてその翌年に今度は単独で「エスクード・ロホ」というチリワインブランドを立ち上げた。現在はいくつかのチリワインのシリーズを展開している「バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド・マイポ・チリ」だけれど、その中核は変わらず「エスクード・ロホ」。というよりもバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドが海外で自社で造っているワインといえば「エスクード・ロホ」という認識が一般的だ(少なくともワイン好き界隈では)。
ということで今回、私は、このエスクード・ロホの話を中心に、なぜボルドーの名門がチリでワインを造るのかを知ろうとしている。
バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド社のチリのワイナリー「バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド・マイポ・チリ」(写真提供:バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド)
チリに惹かれた理由
「ロスチャイルドはRot(赤い)Schild(盾)で、日本語にするなら赤盾さんです。そしてそれをスペイン語にするとエスクード(Escudo=盾)ロホ(Rojo=赤)。ここからも、かなり本気だと感じるのですが、なぜ、バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドはそこまでチリに惹かれているのですか」
こちらは後に登場する『バロネッサP』のボトルにあるロゴだけれど、赤い盾にRの意匠はエスクード・ロホも同様だ(写真提供:バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド)
「もともとは私の母、フィリピーヌがチリに惚れ込んだ、というのがやはり大きいですね。私は正直に言えば、最初はちょっと不安だったんです。ただ、懸念はすぐに払拭されました。実際、アルマヴィーヴァのブドウ産地であるプエンテ・アルトはカベルネ・ソーヴィニヨンの栽培地として世界最高峰です」
「ただ、プエンテ・アルトはごく限られた土地で、エスクード・ロホのブドウは大きくは同じエリアといえど、プエンテ・アルトのカベルネ・ソーヴィニヨンではありません。時期から考えても、アルマヴィーヴァをリリースする頃には、エスクード・ロホのリリースも決めていたんですよね」

「そういう話で言うなら、私たちがチリでワインを造り続けようと考えた動機になっているのは、何よりも人ですね。アルマヴィーヴァで一緒に働いたコンチャ・イ・トロ社の関係の人々だけでなく、私たちがチリで出会った栽培家やワインメーカーたちは、私たちと同じ言葉で話していた……フランス語を話していたという意味ではないですよ。ワインの捉え方、質に対する意識、働き方、どう時間を使い、どういう未来を目指すのか……そういう部分が私たちと同じだったのです。それは、嬉しい驚きでした。それに、決断は早かったですが、実際の歩みはゆっくりと、慎重なものです。あなたは本気だと言いましたし、それは事実ですが、だからって、やめることはいつだってできるんです。それでも続けてきたのは、私たちにとっても幸運な、嬉しい驚きがたくさんあったからです」
「それはエスクード・ロホを始めてからも、ということですよね」
「そうです。発見はたくさんありましたし今もあります。テロワールに隠されたもの、ボルドーとはまるで違うクリマ。私たちはチリについての知識を深めていった。だからエスクード・ロホはずっと同じではなく変わっていっています。チリには実際、たくさんのクリマがあります。ぱっと見ても、ボルドーは平坦な土地ですが、チリではレリーフ状です。それはつまり、日の当たり方、土壌の条件、風の吹き方が場所場所で細かく違うということです」
チリの首都、サンティアゴの周囲にあるブドウの産地、マイポ・ヴァレー。周囲を高い山に囲まれており、ブドウ畑と山との位置関係がワインの個性に影響する。そのため、一言でマイポ・ヴァレーといってもそこから生まれるワインは千差万別(写真提供:バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド)
ワイン界の不滅のアイコン・フィリピーヌ夫人の名を持つワイン
「現在、エスクード・ロホはカベルネ・ソーヴィニヨンを中心に、赤ワインであればシラー、カルメネール、それに、カベルネ・フランやプティ・ヴェルドなどのブレンド、そして白ワインはシャルドネがありますが、今後、ムートン・カデのようにテロワールに応じたラインナップを増やしていこう、というような考えもあるのでしょうか」
「現時点ではないですね。まだまだ、私たちはチリを発見している途中です。それがエキサイティングで……特にエスクード・ロホについては、今あるワインの質をもっともっと高めたい、という方向に意識が向いています」
「ちょっと意地悪な質問かもしれませんが、質でいうならアルマヴィーヴァという頂点があります。それに対して、エスクード・ロホの頂点である『バロネッサP』はどう位置づけているのでしょうか」
バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド・マイポ・チリ単独での、そしてエスクード・ロホの最高峰作品となる『バロネッサP』。ファーストヴィンテージは2018年
「日本の建築で例えて、アルマヴィーヴァは伝統的日本建築、バロネッサPは近代日本建築、例えば丹下健三の作品のようなイメージというのはどうですか。同じ素材、同じイメージソースであっても表現の仕方が全然違うでしょう。バロネッサPはバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドの新しいスタイルの到達点です」
「バロネッサPという名前は、明らかにあなたのお母様であるフィリピーヌ・ド・ロスチャイルド男爵夫人のことですよね」
「うちはフィリップ、フィリピーヌ、そして私がまたフィリップだからPばっかりですが、バロネッサ(スペイン語で男爵夫人の意味)ですから、明らかに母ですね」
「なぜその名前にしようとしたのですか」
「2016年頃だったでしょうか。エスクード・ロホの20周年を記念した集大成的なワインを造ろうと考えていたのですが、そのワインにふさわしい名前としておもいつくのはフィリピーヌだけでした。それは私だけでなく、姉も弟も同意見だったんです。私たちのワインへの、チリワインへの、そしてチリへの愛、情熱を表現する名前、フィリピーヌ以外には考えられません」
「そんなところに間の悪い質問かもしれませんが、20年も経てばワイン業界を取り巻く環境も消費者の趣味趣向も変わります。先ほどエスクード・ロホは変わっているとおっしゃっていましたが、そこには消費者の好みに合わせよう、売りやすいワインを造ろう、という発想はないのでしょうか」
「少なくともエスクード・ロホではそういうことはないですね。なぜならエスクード・ロホはボルドー出身のバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドがチリを発見し、そこで究極のエレガンスとオーセンティシティを追い求める物語だからです。それを皆さんにも体験してもらいたい。チリの偉大さ、面白さ、私たちの感動を伝えたいんです」
「ただ、日本のワイン市場ではチリワインが長らくトップシェアで、フランスと並んで、もっとも親しみのあるワイン産地です。そういう意味では、チリワインのスゴさはすでに伝わっているのかもしれません。そして、あまり高級ワインのイメージはないともいわれがちです」
「チリワインに高級なイメージが薄いのは日本に限らずそうですね。でも、そのイメージは変わってきているとおもいます。徐々に認知は広がっている。こういうのは時間がかかるものです。ドン・メルチョー、セーニャ、エラスリス、クロ・アパルタ……チリの偉大なワインの造り手は私たちだけではありません。それに、あなたもいますしね」

「え?」
「チリは面白いよ、チリはスゴいよって、もっともっと伝えてください。私たちではできないことがあなたにはできるんですから。期待しているんですよ」
ワインは敷居が低い。なぜなら……
「では未来の話をしましょう。酒類のなかでもワインはあまり成長しておらず、業界を長く見ている人には、ネガティブな将来像を描く人もいます。フィリップさんはこの先のワイン業界をどう見ていますか」
「私はポジティブです。なぜならワインに興味を持っている若い人をたくさん知っていますから。私はね、ウイスキーが好きなんです」
「奇遇ですね。私も好きです」
「でもウイスキーって難しくないですか。それと比べてワインは敷居が低いとおもうんです」
「そういう意見は私には新鮮です」
「そうですか? 考えてみてください。ワインは一緒に飲めるじゃないですか。1本のボトルをテーブルに置いたら、普通、そのテーブルのみんなで同じワインを飲むでしょう。そうすると話がはずんで、初対面の人とだって話せる。話すことがないなら、このワインは好きですか、という話をしてもいい」
「たしかに」
「ワインは分かち合うものなんです。一緒に発見し、感情を交換する。私は生まれた頃からワインの世界にいますが、世界各地に本当にいろいろな知り合いがいます。それはワインのおかげです。こんなことができるものって、ワインくらいしかないと私はおもっています。違いますか?」
「身に覚えがありすぎて一瞬で説得されました。ところでフィリップさんももう還暦を過ぎて次世代も立派に育っていますが、フィリップさんから次世代に伝えていることはありますか」
「あなたの念頭にはピエール、ナタン、マチルドがいますね。私が彼らに言っているのは、賢い消費者であれ、です。技術で頭角を表すのは、簡単なことではありません。ワインメーカーでもソムリエでも、世界の頂点を争うような人は、人生を賭けて切磋琢磨しています。そこに到達できなくても、消費者の目を持ち続けることはできます」
「それは私も勇気づけられる言葉です」

「賢い消費者になるのだって簡単ではないですよ。よく見て、分け合い、味わい、感性を研ぎ澄まさないといけないですからね。客観性も主観性も必要です。では、そもそもワインとは何でしょう? あなたは生まれたとき、何によって世界を認識しましたか」
「さすがに覚えてないです。ただ目も耳も生まれたばかりではほとんど機能していないですよね……」
「口だったはずです。口は世界との最初の接点です。そして、どういうものを食べてきたのかで、あなたの味覚は変化していきます。私たちは皆、歴史的なんです」
「そうか。同じワインでも感想が人によって全然違うのはワインの面白さのひとつですね」
「忘れてはいけないのは、ワインは土の味だ、ということです。だって元は土に生えているブドウですからね。私たちがワインを通して味わっているのは、常にブドウが育った土地の味であり、それは土地の歴史の味、私たちが生きている世界の味です。ワインに触れるというのはそういうことです」
「経験を積んで、より賢い消費者になるべく、ワインが飲みたくなりました!」
「では今日は、バロネッサPで」
