鳴門市に清少納言の墓と伝わる塚があるのをご存じでしょうか?
このほど、この塚を利用した「お百度参り」のお参りどころが新しく作られ、4月10日に開眼式が行われました。

(宮下アナウンサー)
「春はあけぼの。ようようしろくなりゆく山ぎわ…で知られる枕草子」
「その作者・清少納言は三十六歌仙の一人、清原元輔の娘です」
「清原元輔は里浦の領主でした。その関係で清少納言は晩年をここ鳴門市里浦町で過ごし、里浦町でなくなったと伝わります」


1808年に作られた『阿波名所図会』では、清少納言の塚、つまりお墓が描かれています。

絵に描かれている清少納言の塚がまさにここです。
今は「天塚堂」と言われています。

このお堂の中に…おじゃまします。
実は絵に描かれている清少納言の塚、つまりお墓はこの奥にあるんです。


進んでいくと、ひと1人通れるくらいの狭さです。
結構狭い空間にあるんですね。

うあ、大きい。
天井ギリギリまであります。
間近で見ると迫力がありますね。

ただ崩れている部分があったり、欠けていたりと、少し傷んでいる様子も見られます。
塚を守るために「天塚堂」が建てられたんですね。
清少納言のお墓は外から見えないんですね。

そのため今回「天塚堂」の裏に、一回り小さくした新しい清少納言のお墓が建立されました。
「南無清少納言 南無清少納言 南無清少納言」
10日の開眼式は、塚を管理する観音寺の村上和弘名誉住職や檀家ら16人が参加して行われました。

このあたりでは、清少納言の塚と江戸時代に建立された「百度石」の周りをまわる、お百度参りをすると願いが叶うという言い伝えが古くから信じられてきました。

しかし、清少納言の塚はお堂の中にあるため場所がわからず、間違った場所をお参りする人が後を絶たなかったそうです。

(宮下アナウンサー)
「心願成就を願って私もお百度参りをします。天塚堂にある清少納言のお墓におじぎをして、新しくできた塚にも一礼します」

今から約1000年前、この地で60歳で亡くなったと伝わる清少納言。
そのお墓は静かな住宅地の中でひっそりとたたずみ、今も地元の人に愛されています。
