
>最も美味しい魚膾(刺身)を作るには、調味だけでなく、魚肉そのものを薄く繊細に切ることが強調された。
生で食べる魚肉は、火を通したものよりも鮮やかで美味しいが、大きな塊では消化がとても難しいため、古人は 魚膾をできるだけ薄く切ることを追求した。
三国時代の曹植は『七啟』の中で、魚膾(刺身)はまるで**「蝉の羽のように薄く、繊維の細かさを示し、重なれば絹のように重なり、散ると雪のように離れる」** と表現しており、魚膾(刺身)を薄く、雪のように軽く切ることが理想であると述べている。
>孔子は食事について非常にこだわりを持っていた。
『論語・鄉黨』の中の言葉 「膾不厭細」 は、 膾(刺身)は切れば切るほど細かい方が美味しい という意味である。
>古代の魚膾(刺身)は、ただ薄切りにしただけで食べられたわけではなく、現代と同じように調味に非常にこだわっていた。
魚膾を食べる前には必ず 醤や薬味をつけて味わった と書かれている。
古典『礼記』にあるように、 春にはネギ、秋には芥子(からし)を添えて味付けした。
そして『論語』の言葉 「不得其醬不食」(良い醤がなければ食べない)は、
適切な醤(タレ)がなければ刺身を食べない というほど タレへのこだわりが強かった ことを示している。
投稿者注記
恐らく多くの中国人は忘れ、日本人はほとんど知らない事だとは思いますが、古代中国では今の日本で言う「お刺身」が広く一般的に食べられていました。
宋代あたりから中国では生産力と技術の向上により炒め物が食文化を占めるようになり、明代になると膾(お刺身)文化はほとんど無くなりました。