ドイツ・ベルリンに20年9月から設置の慰安婦像、今後どうなるのか=地元の区が撤去命令
ドイツ・ベルリンの公道に、韓国系の市民団体「コリア協議会」が設置した慰安婦の被害を象徴する少女像をめぐり、ベルリン市ミッテ区は、10月7日までに像を撤去するよう命じた。応じない場合は3000ユーロ(約50万円)の制裁金を科すとしている。
慰安婦問題を象徴する少女像をめぐっては、元慰安婦らを支援する韓国の市民団体「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(正義連)が2011年12月にソウルの日本大使館前に設置して以降、世界各国に広がった。韓国国会の女性家族委員会が2024年にまとめたところによると、韓国には154カ所、国外には米国やカナダ、ドイツなど31カ所設置されている。
ミッテ区が撤去を命じている像は韓国系市民団体の「コリア協議会」によって2020年9月に設置された。同協議会がこの像を設置する以前にドイツ国内には既に2体あったが、いずれも設置場所は私有地だった。しかし、撤去命令が出ているこの像は初めて公共の場所に設置されたことから波紋を広げることとなった。そのため、2020年10月、ミッテ区はこの像の撤去命令を出したが、コリア協議会側は反発。その後、結局、区は撤去命令を撤回し、期限を設けて期間中の設置を容認した。昨年、その期限が経過したとして、区は改めて撤去を要求。しかし、協議会が命令差し止めを求める仮処分を申し立て、今年4月、行政裁判所は9月28日までの設置維持を許可した。当時、区側は「少女像が、日本との外交関係に影響を与える恐れがある」と主張するも、裁判所は「設置された時に予見されていたことに過ぎず、具体的な影響はない」とした。
一方、日本政府はドイツに対し、像の撤去を繰り返し要請してきた。慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的解決」を確認した2015年の日韓合意では、国際社会での非難や批判は控えると約束しており、慰安婦問題を象徴する像の第三国での設置はこうした立場とも相いれないものだ。2022年4月に行われた日独首脳会談では、岸田文雄首相がドイツのショルツ首相(いずれも当時)に撤去に向けた協力を依頼した。首相自らが要請したことは極めて異例のことだった。このまま像の設置を欧州の主要国であるドイツで許せば、誤った歴史が国際社会に根付くことになりかねないという日本政府の危機感が背景にあったものとみられている。しかし、像の管轄はミッテ区で、ドイツ政府として介入できる余地は少ないことから、ショルツ氏が当時示した反応は薄かったとされる。だが、昨年5月、ベルリン市長は当時の上川陽子外相と会談した際、「変化を起こすのが重要だ」と述べ、解決を図る方針を示した。これに、コリア協議会は撤去に向けた動きだとして「日本政府の圧力に屈した」と反発した。
慰安婦を象徴するこうした像は韓国系の市民団体により、ドイツのみならず、米国やイタリアなど各国に次々と設置されてきた。韓国外で初めて設置されたのは2013年7月の米西部カリフォルニア州グレンデール市。産経新聞の報道によると、設置の動きは2010年代に米国で活発化し、20年代にはドイツなど欧州に移行したという。
ことし6月には、ドイツ西部のボンにある女性博物館の敷地に、こうした像が恒久設置されることが決まった。当時、現地では除幕式が行われ、韓国の通信社の聯合ニュースによると、同館の館長は「平和の少女像は我々の博物館にとって重要な象徴であり、その名前だけでも意味が大きい」と述べた。像とともに設置された碑文には「日本軍が大勢の女性や少女を誘拐し、性奴隷になるよう強いた」と記されている。日本政府は「日本軍による慰安婦の強制連行はなかった」との立場で、今回、ボンの博物館にこうした像が恒久設置されることになったことについて、岩屋毅外相は当時、「わが国政府の立場やこれまでの取り組みと相いれない。極めて残念なことだ」と懸念を示した。
一方、ベルリン市ミッテ区に設置の像については、前述のように、同区がコリア協議会に対し、来月7日までに撤去するよう命じている。区は別の私有地を提供する方針を示したが、協議会は「性的な暴力の象徴であるこの像が、公の場所から撤去されるのを防ぐのが使命だ。(区の提案は)一時的な対策に過ぎず、移転は望まない」と拒否。これを受けて区は、このほど、協議会に撤去命令書を送った。一方、韓国の公共放送のKBSによると、協議会側は、再び仮処分を申し立てる方針を示しているという。
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