神の国とも言われる島根県。古事記に書かれた神話の多くが、島根県にまつわるものとされていて、神々を祀る古い神社が大小あちこちにある。
東の出雲には、日本最古の神社、出雲大社が、西の津和野には、2神を祀る太皷谷稲成神社があり、多くの参拝者が訪れる。
東西に長い島根県。東と西では、文化も大きく違うというが、神々が生活に根付いているという点ではまったく同じ。そして、西で有名なのが「石見神楽(いわみかぐら)」だ。
石見の魅力を4回に分けてお伝えするこのシリーズ、今回は、石見神楽を巡るさまざまな場所を訪ねて浜田を歩いた。
第1回 島根は出雲大社だけじゃなかった! クラフトビールと職人技ホテルの新発見 はこちら
第2回 島根の古都、津和野をそぞろ歩き。日本五大稲荷の「太皷谷稲成」で願いを叶える方法 はこちら
羽田から萩・出雲空港までは、90分でひとっ飛び
日本海に面した浜田。浜田港にはノドグロはじめ、おいしい魚が水揚げされる神楽の蛇の胴体は、竹と紙でできている!
神楽の知識もほとんどないまま、いきなり工房を訪ねるというのも無謀だが、その迫力と見たことのない造りに惹きつけられる。
石見神楽の代名詞とも言える演目「大蛇(おろち)」。その蛇の胴体=「蛇胴」を作っているのが、こちらの植田蛇胴製作所だ。
明治の頃までは、鱗を描いた白衣と股引を着て大蛇を演じていたそうだが、舞手であり神官でもあった初代、植田菊市氏が、吊り下げ式の提灯に着想を得て開発したそう。現在の当主、植田倫吉さんは3代目に当たる。
和紙とは思えないほど、しっかり丈夫
「蛇胴があったから、浜田の神楽が有名になった。それくらい価値がある発明です。材料は竹と和紙だけだから軽い。自在に伸び縮みするから、舞手の好きなように操れる」
まだ公演を見ていないので想像が難しいが、蛇は舞台中をうねり、のたうつのだそう。
「まず竹で骨を作り、その上に、柿渋入りの糊を使って石州和紙を三重に貼っていきます。動きが激しいので、破れないための工夫です」
石州(せきしゅう)とは石見の古い呼び方。石州和紙は、今も手すきで作られている丈夫な和紙だ。
彩色中の様子。全体は17mにもなるというから、これはあくまでも一部
「彩色は塗料だとはげてしまうので、染粉を使います。色は、それぞれの神楽団が好きなように決めます。神楽は日本中で演じられているので、あちこちから注文が来ますよ。北海道などは、開拓団の人が全国から集まったから独自の神楽を作っているし、神楽ではないけれど、琉球舞踏団からも依頼がありました」
これだけの技術を持っているのが、この製作所だけとは驚くべきこと。浜田の底力を感じる。
石見独特の石州瓦(せきしゅうがわら)が使われた、伝統的な家屋なんと、神楽の面も和紙だった!
舞台をのたうちまわる蛇をイメージしながら、今度は面を作っている「柿田勝郎面工房」を訪ねる。
壁一面に飾られた、実に多種多様な面の数々。神楽の面作りを一手に引き受けている工房だ。案内してくださるのは、2代目当主、柿田兼志さん。初代の勝郎氏は発祥地で面作りを学び、53年前に工房を立ち上げたそう。
一体どうやって着けるのか、想像できない大きさのものも
「面というのは、世界的にほとんど木彫りなんです。能の面も木彫りです。明治期に入り神職神楽から氏子神楽へと神俗交代し、各地に神楽団体が結成されたことで用具が足りなくなり、地元の特産である和紙で面を作ることになったそうです」
神楽では、面で役柄を表現するので、姫面から鬼女面へと面自体を変えることも。二重につけておいて、上の面を外すという早技もあるそうだ。軽くて息のしやすい和紙の面だからこそできること。
表情の豊かさもだが、大きさも千差万別。どうやって作るのか想像もつかない。これを兼志さん一人で作っているという。
実に楽しそうに説明してくださる、2代目兼志さん
合理的なような、もったいないような
「粘土で型を作り、その上に糊で和紙を貼っていきます。完全に乾いたら木槌で叩き、粘土を脱活の技法ではがし、胡粉で下地を作り、彩色をします。胡粉はホタテや牡蠣の殻からできているんですよ」
一言に彩色と言っても、いろいろな顔がありすぎて、まったくパターン化できなそうだ。かなりの画力が必要と思われる。
「神楽の面はインパクト重視な表情が多いです。あと神楽団体によって、同じ演目でも顔が違うので、いつも白紙の状態で要望にお応えしています。石見神楽は男鬼が出てくることが多いのですが、どれも微妙に違う。神楽以外の舞台や祭り用の面も、注文があれば作ります」
石見地方では魔除けとして玄関に面を飾る風習があります。近年では大衆演劇やライブ、国内外の要人の方への献上品としても納められています。
面がなくては絶対に成り立たない芸能、神楽。それを支え続けることに喜びと誇りを持っている兼志さん。熱く楽しげに語る姿に、それを感じた。
