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2025.07.10


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トランプ関税


ブラジルが突如トランプ関税の「標的」に!?
~トランプ関税が政治的要素で用いられる流れ、両国関係の行方はどうなる!?~



西濵 徹



要旨

ブラジルがトランプ関税に揺れている。米トランプ政権は、自動車や鉄鋼・アルミ製品などに追加関税を課し、すべての国に一律10%、一部の国・地域に税率を上乗せする相互関税を発動させた。相互関税は発動直後に上乗せ分が90日間延期され、個別協議が行われてきた。しかし、米国は協議期限直前に関税政策を強化するとともに、突如ブラジルに対する税率を当初の10%から50%に引き上げる方針を示した。
米国は関税引き上げの理由に、不公正な貿易慣行のほか、自由選挙や言論の自由への攻撃といった政治的要素を示した。ブラジルは米国にとって貿易黒字国であり、関税強化の根拠には疑問が残る。一方、トランプ第1次政権やボルソナロ前政権時代の両国関係は良好であったものの、ルラ政権に交代して以降は対中接近が進んでいる一方、両国関係が変化する動きが確認されている。さらに、同国は今年BRICS議長国であるなか、米国に対して批判的な立場を示したこともトランプ氏の反発を招いた可能性がある。
さらに、ボルソナロ氏への対応やSNSを巡る検閲問題も関税強化の理由とされるなど、このところは米国とブラジルの緊張は高まっていた。ルラ大統領は報復措置を示唆しており、金融市場では通貨レアル相場や主要株式指数が大きく調整するなど混乱が広がる動きがみられる。今後の両国による協議の行方が注目されるが、両国の対立が激化する可能性もあり、現時点において事態を楽観視することは極めて難しい。


ブラジルが『トランプ関税』に揺れている。米トランプ政権は、自動車や鉄鋼製品、アルミ製品に追加関税を課すとともに、4月にすべての国に一律10%、一部の国・地域には税率を上乗せする相互関税を発動させた。ただし、米国は相互関税の発動直後、一転して税率の上乗せ分を90日間延期した上で、各国・地域との個別協議を通じた取引(ディール)を行う方針に転じた。他方、その後も米国は鉄鋼製品やアルミ製品に対する追加関税を倍増(25%→50%)させたほか、銅や医薬品に対する追加関税を表明するなど、関税政策を強化させる動きをみせた。なお、ブラジルは米国にとって貿易黒字国であり、米国は同国に対する相互関税を一律分と同じ10%とした。また、ブラジルにとって米国は中国に次ぐ輸出相手ではあるが、対米輸出額は名目GDP比2%弱に留まり、相互関税に伴うマクロ面での直接的影響は限定的とみられる。しかし、ここに来てブラジルを取り巻く環境が一変する可能性は高まっている。というのも、米トランプ政権は協議期限(今月9日)の直前に各国に書簡を送付するとともに、来月1日付で適用する相互関税の税率を示し、そのなかでブラジルに対する相互関税を「50%」に引き上げることを明らかにした。当該書簡では、税率引き上げの理由に「不公正な貿易慣行、米国企業によるデジタル貿易への慣行」に加え、「ブラジルによる自由選挙と米国人の基本的言論の自由に対する攻撃」を挙げており、貿易赤字の削減を目的に関税政策を駆使してきた状況から変化している様子がうかがえる。

図表図表

上述したように同国は米国にとって貿易黒字国であり、書簡において示された「不公正な貿易関係」という理由については疑問が残るところが少なくない。さらに、WTO(世界貿易機関)が示す2024年時点における同国の平均関税率は11.2%とされており、米国が当初示した相互関税率(10%)はその水準に相当したものとすれば理解しやすい。他方、ここ数年の両国の貿易関係をみると、トランプ第1次政権(2017~21年)時代や、同国の右派ボルソナロ前政権(2019~22年)時代には米国の貿易黒字が拡大するなど関係深化の動きがうかがえた。しかし、左派のルラ現政権に転じて以降は黒字幅が縮小するなど、両国関係が変化しつつある様子がうかがえる。これは、ルラ氏や同政権を支える左派PT(労働者党)は『反米色』が比較的強く、政権交代以降は中国との経済関係の深化を図る動きが活発化していることが影響している可能性がある。さらに、今年は同国がBRICSの議長国であり、先日開催された首脳会議では米国への直接的な言及を避けつつ、一方的な関税措置や非関税措置の拡大への深刻な懸念を表明した。そして、その直後にトランプ氏は自身のSNSに「BRICSの反米政策に同調する如何なる国にも10%の追加関税を課す」と表明した。これを受けて、ルラ氏は「世界は『皇帝』を望んでおらず、無責任」、「経済面で世界をまとめる手段を構築したい国々の集まりであり、不快感を招いているのだろう」、「米ドルに依存しない代替的な手段を模索する必要がある」と強く反発した。こうしたルラ氏の対応がトランプ氏のさらなる反発を招いた可能性は考えられる。

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また、ブラジルにおける自由選挙への攻撃という観点では、トランプ氏が自身に似た政治手法を駆使して『ブラジルのトランプ』などと揶揄されたボルソナロ氏の扱いが焦点になっているとみられる。なお、ボルソナロ氏は2022年の大統領選でルラ氏に敗北したものの、翌23年初めにルラ政権が発足した直後にボルソナロ氏の支持者が議会襲撃事件を引き起こし(注1)、2021年に米国でトランプ氏の支持者が連邦議会議事堂を襲撃した事件と類似した事案が発生した。ボルソナロ氏の議会襲撃事件への直接的な関与は不透明ではあったものの、その後に同氏は大統領選での権力濫用を理由に公職追放判決を受けたほか、今年2月には同氏や側近などが大統領選の結果を覆すことを目的とするクーデターを企てた容疑で起訴され、現在は公判中の身となっている。こうしたなか、トランプ氏は自身のSNSでボルソナロ氏に対する裁判について「魔女狩り」であるとの見方を示したことを受けて、ルラ氏は自身のSNSで「誰からの干渉も支持も受け入れない」、「誰も法の上に立つことはできず、自由と法の支配を脅かす者は尚更だ」と記すなど強く反論していた。さらに、米国人の基本的言論の自由に対する攻撃という観点では、昨年に最高裁のモラエス判事がSNS上に氾濫するヘイトスピーチをはじめとする偽情報(フェイク・ニュース)を取り締まるべく、X(旧ツイッター)のサービスを1ヶ月以上にわたって停止する旨の命令を下し、同社のイーロン・マスク社長がモラエス氏を強烈に批判する事態に発展した経緯がある。足下ではトランプ氏とマスク氏の関係にはすき間風が吹いているものの、年明け以降はトランプ氏のメディア企業(トゥルース・ソーシャル)や動画共有プラットフォーム企業が、モラエス氏に対してソーシャルメディアでの政治的言論を違法に検閲している旨の訴訟を提起しており、両国関係を巡る火種となってきた。こうした事情も、トランプ関税の矛先が同国に向く一因になった可能性が考えられる。

米トランプ政権による相互関税を巡る書簡送付を受けて、ルラ氏は即座に「法律に照らして対処する」旨の声明を発表するなど、報復措置に動く可能性を示唆している。なお、金融市場においてはこれまでトランプ関税に関連して事実上『ノーマーク』であったブラジルが標的となったことを受けて、混乱が広がっている。年明け以降の通貨レアル相場は、米トランプ政権の関税政策を巡る不透明感を受けた米ドル安の動きを反映して上昇基調を強めてきたものの、予想外の高関税が課される懸念を受けて大きく調整するとともに、主要株式指数(ボベスパ指数)も同様に調整している。先行きについては、両国の協議の行方次第のところはある一方、ルラ氏が報復措置も辞さない構えをみせるなかで事態がこう着する可能性は高い。その一方、これまでトランプ氏による『TALO(暴言)』と『TACO(尻込み)』が繰り返されてきたことから、金融市場においてはいわゆる「TACOトレード」が意識される可能性もある。しかし、ルラ氏は来年10月に実施予定の次期大統領選で再選を目指しており、トランプ氏からの理不尽な要求に屈したとの印象を避ける必要があるなか、双方が強硬姿勢を一段と強めることも考えられる。現時点では、事態を楽観視することは極めて難しいと捉えられる。

図表図表

以 上



西濵 徹

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