
審判員として山形実業人野球大会を長年支える鹿間秀男さん。「ローカルらしい珍事が印象深い」と担当してきた試合を振り返る=山形市・きらやかスタジアム
早朝に熱戦を繰り広げる山形実業人野球大会(主催・山形新聞、山形放送、山形市、市教育委員会、山形地区野球連盟)。球場に立つのは選手だけでなくプレーをジャッジする審判員もいる。30年以上にわたり審判員として大会を支え続ける同連盟副会長の鹿間秀男さん(71)=山形市南館4丁目=は「思わず笑ってしまうようなローカルらしい出来事が印象深い」と、これまでの歴史を振り返る。
65歳で退職した県建設技術センターの野球チームに所属した。早朝に集まるのが難しく、同チームの実業人野球大会への参加はなかったが、鹿間さんには三十数年前、同連盟から審判員としての誘いがあった。他大会を含め多い時は月に20日以上の試合を任された。
数々の試合を受け持つ中で、草野球ならではの光景が特に記憶に残っているという。市中心部の霞城公園内にあった運動広場を4分割した会場を使用していた当時、フェンスがないため打球が外野を抜けるたびに試合が中断した。散歩や体操がてら日々観戦する常連がいて、判定に「昨日とストライクゾーンが違うぞ」などとやじが飛んだ。
市北部の立谷川運動広場は両翼が狭く、選手たちから「外野フライがホームランになってしまう」との困惑の声が出た。西部工業団地内の鋳物町運動広場で担当した試合では「事件」が起きた。大飛球が工場のガラスを直撃。「ガシャン」と音が響き、頭を抱えた。
今でこそ出場選手は野球経験者が多いが、約30年前はレクリエーションを兼ねて参加する初心者の姿もあった。セーフをアウトと勘違いし塁を離れてしまい、タッチアウトになるような初歩的ミスもしばしば見られたという。選手の技術レベルが上がり近年はそうした場面は少なくなったが、鹿間さんは「ああいう球場の盛り上がりが懐かしい」とほほ笑んだ。
地域に球音や声援、そして笑い声を響かせてきた大会の60回目の幕が上がる。今年はどんなドラマが繰り広げられるだろうか。「職場なり、飲み仲間なり、さまざまなチームが参加し、野球を通した交流が活発になってほしい」と鹿間さん。同連盟の常川孝会長は「記念の大会を大いに盛り上げ、参加チームを増やすきっかけにしたい」と展望を語った。
