能登半島地震で工房が被災した輪島塗の
蒔絵(まきえ)
師の男性(70)が、故郷の福井県坂井市で活動を再開した。傷ついた作品を一つずつ修復するなどし、仕上げている。半壊した工房の再建は断念したが、能登半島から離れても、輪島塗の再興の力になると誓う。(福井支局 川上大介)
工房として使う実家のリビングで杯に模様をつける坪井さん(5日、福井県坂井市で) 数珠や仏画を扱う職人歴約40年の坪井英憲さん。今春から工房にしている実家のリビングで作業を始めた。
輪島塗には「下地」「上塗り」など100を超す工程がある。装飾を施す蒔絵は、漆をしみこませた筆で模様をつけ、金粉や銀粉を蒔き付けていく技法だ。
地震が起きた元日は、この実家で家族と過ごしていた。石川県輪島市の自宅兼工房は、玄関前の柱が崩れるなど大規模半壊と判定された。作品を並べていた棚も倒れ、半数ほどの器などが破損。費用や年齢を考え、再建を断念した。 輪島漆器商工業協同組合によると、輪島塗に関わる103社のうち、約半数が全半壊の被害を受け、13社が火災で焼失した。 甚大な被害を前に、輪島塗の業界全体が縮小してしまうとの危機感が募った。高齢になり、細かな作業を続ける難しさも感じていたが、「困難な時だからこそ、作品を作ることが輪島塗への恩返しになる」と、実家での再起を決意した。 後押ししてくれたのは高校時代の同級生たちだ。当時所属したフェンシング部のOBら約40人が届けてくれた見舞金から、整備費や材料費などを捻出した。 車で輪島に出向いては、自宅に残っていた道具や作品を持ち帰った。3月には、無事だった数珠を九州の寺院に販売。4月には、地震前から制作していた仏画に入ったへこみに漆を塗って修復し、北海道の顧客に届けた。「待ってくれている人がいる。再開してよかった」。手応えを感じた。 職人としての誇りを持っている。大学卒業後、仕事を辞め、「最高の舞台でものづくりがしたい」と輪島に移住し、師匠のもとで経験を積んだ。31歳で独立し、弟子も育てた。桜や菊といった伝統的な模様でも、色合いや大きさに変化を加え、自分らしさを表現してきた。 蒔絵の前の段階の工程を扱う職人の多くも被災している。当面は納品が見込めないため、坪井さんは地震前から進めていた作品の仕上げに注力する。「他の職人とは心でつながっている。できることは限られているが、自分も復興の力になりたい」と力を込めた。
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