1980年代前半に活躍した「杉山清貴&オメガトライブ」が3月から大規模な全国ツアーを展開中だ。追加公演が次々に発表され、公演数は30に及ぶ。同バンドに多くの曲を提供した作曲家、林哲司の楽曲の人気が再燃していることもツアーの追い風になっている。(清川仁)
今回が「ファイナルツアー」と銘打つが、「とりあえず、そうした方がいいかなって。期待されても困るし」と笑顔。今後に含みを残した バンドは83年4月にデビュー。「君のハートはマリンブルー」「ふたりの夏物語」など次々にヒットを飛ばし、夏、海、都会といったイメージに包まれた楽曲は若者たちに大人の世界への憧れを抱かせた。
杉山は「(80年代の)片岡義男さんの小説とかは情景から心理描写に入る作品が多かったですよね。僕らの歌の世界もそれに近かった」と振り返る。演奏していたほとんどの曲は職業作曲家の林が提供したもので、そもそもオメガは、林が作った曲を中心に据えたプロジェクト的なバンドだった。 オメガはデビューからわずか2年8か月で解散する。「僕らはコンサートになかなか行けない中高生に肩透かしを食らわせたバンドなんですよ」。青春時代にかなわなかった「オメガのライブに行きたい」というファンの声に応え、2000年代から何度か復活公演を開いてきた。それでも今回のような30公演に及ぶツアーは現役時代以来となる。 林が作曲して1979年に松原みきが歌った「真夜中のドア」が近年、世界的なリバイバルヒットとなり、シティ・ポップ人気が再燃したこともツアーを後押しした。「『真夜中のドア』の追い風で、できるだけやっちゃえ、となった。洋楽マニアだった林さんの作品は本当に素晴らしかった」 7月で65歳になる杉山の歌声は爽やかで、時の流れを感じさせない。だが当人は「大変です」と苦笑する。「オメガはボーカルもサウンドの一部になってキチッと歌わないといけない。リハーサル最初の4日ぐらいは喉の使う場所を探り、やっと確信が持てた」 自分のこと以上に、「みんなの体力が大丈夫かな」と気にかける。現在、杉山以外のメンバーはほとんどが一般人だからだ。それでも「今回は時代の流れに呼んでいただいた使命感があって、よし頑張ろう、という気合は伝わってきます」。 元々は高校時代からのバンド仲間で、ヤマハのポピュラーソングコンテストに出場し、音楽事務所から声をかけられた。だが、バンド名も音楽性も変更され、メンバーが曲を書いてもシングルに採用されず、レコーディングも杉山以外はスタジオミュージシャンが担った。そのストレスが早期解散の一因でもあったという。「オメガがバンドの顔を出せるのは、ライブ。バンドの匂いを感じてもらえたらうれしい」と力を込めた。 東京では、再追加公演となる5月20日のNHKホールに残席がある。(電)0570・550・799。
![[音楽] 杉山清貴「時代の流れに呼ばれた」…シティ・ポップ人気再燃、追加公演次々のオメガトライブ [音楽] 杉山清貴「時代の流れに呼ばれた」…シティ・ポップ人気再燃、追加公演次々のオメガトライブ](https://www.walknews.com/wp-content/uploads/2024/04/1713935592_20240424-OYT1I50043-1-1024x576.jpg)