夏が終わった、と、書いているうちに秋が深まってしまった。ごめんなさい。自著「スーツアクターの
矜(きょう)恃(じ)
」(集英社インターナショナル)の発売準備などで9月は地獄のように忙しかったのだ。でも、8月の赤祭についてはたとえ遅れても、ここに書かねばならないと思っている。なぜなら、21回続いた赤祭をファイナルとして、いったんピリオドを打ったからだ。
全員で記念撮影全員で記念撮影

 赤祭は、スーパー戦隊シリーズでレッドを演じた俳優を中心に、スーツアクターやシンガー、スタッフを招いてのトークイベントで2003年から開催してきた。最初は50人程度の集客しかなく継続が危ぶまれたが、2年目からはおかげさまで多くのお客様が来てくださるようになり、日本特撮党を代表するイベントとして今日まで続いてきた。だが、最近はレギュラーメンバーが高齢化、というのは冗談だが、皆それぞれに個人の仕事が忙しくなり、全員のスケジュールを夏の週末の1日に集約することが困難になってきた。そこで、いったんこの形でのイベント開催にはピリオドを打ち、無理のない方法で「いつかまた」という流れになったのだ。 「最後の夏」のレギュラーレッドの顔ぶれは、座長の宍戸マサルさん(超力戦隊オーレンジャー)をはじめ、前座長の坂元亮介さん(超電子バイオマン)、垂水藤太さん(超新星フラッシュマン)、和田圭市さん(五星戦隊ダイレンジャー)、和田三四郎さん(非公認戦隊アキバレンジャー)、歴代レッドを演じた新堀和男さん。もちろん、音響を担当してくれたのは今回も、戦隊シリーズの音響担当である宮葉勝行さんである。丹波さんの名乗り丹波さんの名乗り ゲストとして最初に登場したのはジャッカー電撃隊の丹波義隆さん。丹波さんからは変身前の芝居での苦労が語られた。スカイエースに乗ってミサイルを撃つ際に、普通にボタン(があるであろう場所)を押す仕草をしたところ、NGがかかり、「もっとポーズをつけてやれ」と言われたという。さりとてポーズを教えてくれる人もいないので、毎回自分で考えて大げさなポーズをつけていたという。「結果的に、毎回、ボタンの位置が右に行ったり左に行ったりしていたんだよね」と苦笑されていた。山のように苦労はあったが、最近はしみじみレッドを演じたことをよかったと思っているそうだ。近年、丹波さんは若者に演技の指導をしているのだが、丹波さんの父、丹波哲郎さんについても、丹波さんが出演していたテレビドラマ「Gメン’75」についても、若者たちはほとんど知らないという。ところが「ジャッカー電撃隊と言ったらみんなが知っていた。次回、若い子たちに名乗りポーズを教える約束になっている。初めてオヤジに勝ったと思ったよ」と笑顔で語っていた。 次なるゲストは、数多くの戦隊ソングを歌うサイキックラバーのお二人。多くのステージを経験してきたお二人だが、背後にレッド役者たちの視線を感じながらの歌唱は初めてとのことで、「圧を感じる~」とぼやくことしきり。そこに加わったのが、特捜戦隊デカレンジャーのデカレッドのさいねい龍二さん。来年が20周年のデカレンジャーだが、さいねいさんのさわやかな風貌は全く変わらず。サイキックラバーのYOFFYさんとIMAJOさんからは「全く変わらない」「いい男過ぎる」「僕はこんなに太ったのに」と感嘆の声が上がっていた。サイラバは、侍戦隊シンケンジャーと、デカレンジャー主題歌の2曲を披露してくれた。客席にはデカレンジャーを多く監督した竹本昇監督の姿もあり、ちょっとご登壇いただき、挿入歌についてのお考えなどをお話しいただいた。新堀さんの名乗り新堀さんの名乗り さらに、今回初ゲストとして登壇してくれたのが、アクション監督で今年は本編監督デビューも果たした福沢博文さん。新堀さんと福沢さんの師弟同席は、赤祭では初めてだ。福沢さんは、新堀さんが長年やっていたレッドを直系の弟子として引き継ぎ、「最初は何をやっても全部『違う!』と言われた。実は根に持っています(笑)。でもそこから自分のスタイルに合ったレッドを作っていった」と、苦労を語っていた。
 さいねいさんと福沢さんは「変身前後」でもある。お二人は仲も良く、ずっとSNSで連絡を取り合っているそうで、あまり久しぶりという感じではないらしい。ただ、そんなSNSのやり取りの中で、福沢さんの返事が遅い時期があったと今回、さいねいさんが明かした。それはちょうどシンケンジャーを撮影していた頃。「やっと返ってきたメッセージには『今は(シンケンレッド役の
松坂(まつざか)

桃李(とおり)
がかわいい』と書いてあった」とさいねいさんは暴露し、福沢さんを慌てさせていた。
さいねいさんさいねいさん福沢さん福沢さん 最後に登場したゲストは超獣戦隊ライブマンから嶋大輔さん。嶋さんは、「赤祭を通じて縁が出来てライブマンのイベントもできた」と感謝の言葉を述べたあと、「なんで終わるんですか。スケジュール調整が難しいなら、俺、やりますよ」と言ってくださった。本当にありがたいことです。 ところで、最後の夏、レッドたちに出した「課題」(全員ではありません)は、自分が戦隊に出演した時代を1文字で表すなら何か、というもの。和田圭市さんは「挑」で、「よくチャンスをつかめたなと思う。若さゆえの無謀な挑戦だった」と語った。垂水さんは「圧」。いきなり泊まりがけのロケに連れて行かれ、こわもてのアクションマンらと顔を合わせ、すごいプレッシャーを感じたそうだ。「しかも、前作の『電撃戦隊チェンジマン』がすごい視聴率をあげていたので、そのプレッシャーもあった」と思い起こす。坂元さんは「喜」で、「どうしても自分が主役の番組が欲しかったからうれしかった」という。一方、和田三四郎さんは「探」。「僕の場合は1年もやってない。しかも特撮オタクではなかったので、(脚本に)書いてあることもほとんどわからず、答えを探す毎日だった」と振り返る。 面白かったのは宍戸さんの「燃」。子役からスタートし、ようやく主役をとれた宍戸さんは「もう死んでもいい」と思いながら仕事をしていた。そんなある日、よけるべきだったナパームの仕掛けを見事に踏んでしまい、全身炎に包まれてしまったそうだ。髪の毛はちりちり、腕は焼けただれ、みんなが心配して駆け寄ってくる中、ピンクのさとう珠緒さんが、ただれた腕に「吾郎、大丈夫?」といいながらガムテープを巻こうとして、「俺をどうするつもりだ!」と思ったそうだ(笑)。それでも撮影はやり遂げたというからすごい。語る嶋さん語る嶋さん
 レギュラー以外では、嶋さんが「怒」。「決まった時には『ジャリ番組やるの?』と周りに言われてカチンときた。やり始めたら、今度は視聴者から『なんでツッパリがヒーローをやるんだ』と言われ、ずっと怒っていた気がする」と苦笑していた。
 一方、さいねいさんは「純」。走る場面で「とにかくカメラが回っていようがいまいが、カットの声がかかるまで走って行け、といわれました。そのくらいの気持ちで全力で走れ、ということだったんだと思います」と当時の撮影について振り返る。その日の撮影現場の道は途中で曲がっていたという。「でも、そう言われていたから、角を曲がって明らかに映らなくなっているのに、必死に走り続けた。ずいぶん走った気がします。そんなピュアな時代でした」と語った。いい話である。 楽しい時間はあっという間。全員の変身ポーズ披露のあと、特別に駆けつけたイベント限定ヒーロー「イインダヨグリーンダヨズ」から宍戸さんと坂元さんに花束が贈られ、赤祭は21回の歴史に幕を下ろした。この二人との出会いで始まった赤祭この二人との出会いで始まった赤祭 2003年に赤祭が始まった時、類似イベントはほかになく、戦隊出演者たちは、歴代のつながりがないのはもちろん、同じ番組に出演した者同士も疎遠になってしまっていた。イベントを通じ、その「修復」に少しでも貢献できたのなら、うれしく思う。赤祭は終わったが、違う形でのイベントをこれからも続け、特撮の素晴らしさを伝える活動をしていきたい。プロフィル
鈴木 美潮(
すずき・みしお

 読売新聞教育ネットワーク事務局専門委員。1989年入社。政治部、文化部、メディア局編集委員などを経て現職。日本テレビ「イブニングプレスdonna」(キャスター)「ラジかる!!」(コメンテーター)「PON!」(同)や、ラジオ日本「美潮シネマズ」などに出演。特撮ヒーロー(特に仮面ライダーとスーパー戦隊シリーズ)が大好きで特撮関係者を招いてのイベント「340(みしお)Presents」を2003年より主宰。著書に「昭和特撮文化概論 ヒーローたちの戦いは報われたか」(集英社文庫)。また、美空ひばりさんの大ファンで、2021年は33回忌法要ツアーの司会を務めた。読響アンサンブルシリーズプレトーク司会も担当している。

Share.