「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。長井好弘の演芸おもしろ帖
浪曲三味線の名人、沢村
豊子(とよこ)
が来る2月25日に87歳の誕生日を迎える。数え年で88歳は、米寿の祝いだ。
「それなら毎月彼女が出演している浪曲の聖地、東京・浅草の木馬亭の舞台で祝おう」と声を上げたのが誰かは知らないが、2月1日の昼下がり、豊子の盟友で、相棒で、保護者でもある玉川奈々福をはじめ新旧の浪曲師と曲師、木馬の席亭などの浪曲関係者、常連客や愛好家が大集合した。もしかしたら浅草寺参りの行き帰り、通りがかりに劇場前の異様な盛り上がりにひきつけられ、ふらふらと木戸銭を払って入場してしまったという浪曲初心者もいたかもしれない。 本当は先月初め、華やかな正月初席でお祝い公演を挙行するはずだったが、肝心の豊子御大がインフルエンザで高熱を出してしまい断念。1か月の延期を余儀なくされていたのだ。
祝う会がはねた木馬座前で奈々福(左)と豊子(右)。演者と曲師の丁々発止のやりとりが舞台にいい調子をつけた そういう大事な日に、締め切りを過ぎた原稿と格闘していた僕が、何とか適当に、いやいやちゃんとした原稿を仕上げて木馬亭に駆け込んだのは開演時間を2時間以上過ぎた仲入休憩の後だった。
木戸の前にはお祝いの花輪がずらりと並び、普段は出演者の寄席文字看板以外に見るべきものを探すのに苦労する木馬亭の外観がやたらと華やかに見える。花輪をかいくぐり、恐る恐る中に入ると、当たり前だが、一目で「満員御礼」とわかった。久しぶりに表に出されたのであろう、かなり時代のついたパイプの補助椅子に空きを見つけ、何とか最後列の、そのまた後ろの空間に紛れ込んだ。怪しく、いかがわしいタイトル…しかし魅惑的な労作 舞台は、東家一太郎の赤穂義士物「腹切魚の別れ」の途中だった。この後、講談の神田阿久鯉による「水戸黄門記・出世の高松」、最近絶好調な(と僕は見ている)ベテラン富士琴美の昭和レトロ風新作「燃える絆」と熱演が続く。 そしてトリの出番。今や浪曲界屈指の名コンビである玉川奈々福、沢村豊子、ご両人の登場だ。これまでに数々の名舞台を実現させ、公私入り混じった面白エピソードを生み出してきた二人が、豊子の米寿の舞台で何を演じるのか。何の情報もないまま駆けつけたので、本日の演題を聞いて驚いた。
名曲師・沢村豊子の半生を綴った、奈々福
渾身(こんしん)
の作「沢村豊子解体新書」。
前野良沢、杉田玄白による歴史的労作「解体新書(ターヘルアナトミア)」をもじって「たーへるあなとよこ」と読ませるセンスとユーモア。何と怪しくいかがわしく、何と魅惑的なタイトルだろうか。僕は中身を聴かないうちから、「これは奈々福十八番の一つになる」と確信した。 物語は、沢村豊子の半生を昭和の浪曲史と重ね合わせながら丁寧にたどった、奈々福の労作である。 昔から浪曲師は「立派な人の一代記」を作るのが得意と言われている。有名無名な江戸の学者、名匠、名工、明治大正の政治家、軍人、経済人、技術者などを題材にした作品は数多い。もっとざっくばらんな話になると、地方の名士や叩き上げの社長会長がいる会社の「創業◯◯周年式典」で「◯◯先生一代記」をうなれば、主人公たちは涙、涙で感激する。コロナ禍以降、こういう仕事は減っているだろうが、「涙の一代記」をこしらえる浪曲師の腕は衰えてはいないはずだ。
今回の「たーへるあなとよこ」に、お涙
頂戴(ちょうだい)
の場面はほとんどない。そんなものはなくても、沢村豊子の曲師人生は興味深く、奈々福の変幻自在の節に
翻弄(ほんろう)
されながら、ウンウンと聴き入ってしまう。
うなりながらツッコミを入れる奈々福に笑う豊子
11歳で親元を離れてひとり東京へ、名人たちの三味線を弾いた豊子。それにしても、昔の芸人ってすごい
1937年に福岡県で生まれた豊子は幼少の頃から芸事が好きで、日本舞踊や三味線を習っていた。11歳の時、九州巡業にやってきた浪曲師・佃雪舟の前で三味線をひく機会があった。豊子の「筋の良さ」に目をつけた雪舟は豊子を己の
相三味線(あいじゃみせん)(注1)
に育てようと「東京に来ないか」と誘ったのである。その時、豊子は浪曲のことを何も知らず、「東京に行けば踊りの師匠になれる」と思い込んで、両親の許可を取り、雪舟について行ったという。
奈々福「(ひと節うなった後)これ、おかしいでしょ。自分の娘がまだ11歳なのに『佃雪舟先生について東京へ行く』というのを、どうしてご両親が許すんですか? 絶対おかしい」 豊子「(三味線を止めて)いや、違うのよ。うちの親はのんきだから」 奈々福「のんきじゃすまないでしょ~! ・・・これはこの物語の第一の謎です」 演者と曲師の丁々発止のやりとりが、長い半生記の良いアクセントになっている。しかし、これは本当に謎である。
はるばる東京に出て雪舟の自宅に住み込んだ豊子は、まだ11歳ということもあり、雪舟の実の娘のように可愛がられた。雪舟と手をつないで、毎日、名人曲師と言われた山本艶子の元に
稽古(けいこ)
に通った。メキメキと腕を上げ、やがて雪舟の相三味線として全国を回るようになった。
5年の年季奉公と1年のお礼奉公を終えた豊子は「佃先生だけでなく、他の浪曲師も弾いてみたい」と思うようになった。そんな時、売り出し中の浪曲師・国友忠から「私の主宰する浪曲教室で、ゲストの浪曲師や生徒さんなど、いろいろな人を弾いてほしい」という誘いがあった。豊子は雪舟の許しを得て、国友忠と行動を共にすることになる。17歳の時だったーー。 奈々福「ここもおかしいですよね。なんで佃先生は手塩にかけて育てた豊子師匠を、国友先生のところにトレードしちゃうんですか?(と豊子に迫る)」 豊子「・・・(頭をかいて、ただ笑っている)」 奈々福「(結局、明快な答えをもらえず)この物語のもう一つの謎です!」
元々は大手出版社の編集者だった奈々福は、1995年に曲師として入門し、2001年からは浪曲師としても活動。落語など他の芸種との垣根を越えた交流にも積極的だ 豊子は「浪曲教室」にゲスト出演する二代目広沢虎造、二葉百合子らの大物浪曲師からプロ級の腕を持つ天狗連まで、あらゆる演者の三味線を弾いてさらに腕を磨く。
奈々福は物語の途中に著名な浪曲師の名前が出ると
啖呵(たんか)
を止め、「お師匠さん、
鼈甲斎虎丸(べっこうさいとらまる)
の節は」と、いきなり豊子に出番をふる。豊子はごく当たり前のように奈々福のアドリブに応じ、古今の名人の節を再現する。「何でも弾ける豊子師匠」の面目躍如であるとともに、我々観客にとっては、豊子の半生をたどりながら、二人の節と三味線で知らず知らず昭和の浪曲の歴史を学ぶ絶好の機会になっているのである。豊子賛歌をうなりながらも、満員の観客に少しでも浪曲を知ってもらおうと務める奈々福の姿勢が「たーへるあなとよこ」というネタをさらに奥深いものにしているのだ。
復帰劇の裏には、あの超大物歌手の存在が 豊子は国友忠の相三味線として、ラジオの放送浪曲でも活躍するが、その後国友が体調を崩したことと、自身の子育てという事情もあって一時浪曲界を離れた。休業期間は三味線を持たなかったという豊子が舞台復帰を果たすきっかけとなったのは、かつて芸人仲間であった三波春夫の夫人からの電話だった。 「うちの三波が浪曲をやることになったのよ。あんた三味線弾いてくれるでしょ」 「あたしはしばらく三味線を持っていないし、もう弾けないわよ」 「あんた、何言ってんの。天下の三波春夫の三味線を弾けないっていうのかい!」 三波夫人のあまりにも激しい叱咤の声が、豊子の芸人魂を呼び覚ましたのだろう。舞台復帰した豊子は、再び国友の三味線を引き、国本武春の相三味線を務め、ついには弟子のような保護者のような奈々福と巡り合うことになる。
息の合った口演で、今や浪曲界屈指の名コンビと言われる2人。豊子師匠、これからもますますお元気で! 奈々福が豊子の人生模様をうなり、そこに主人公の豊子自身が三味線をつけるというのは、何とも不思議な世界である。 奈々福「沢村豊子は名人で~」 豊子「はぁ! おいっ!(といつも通りの掛け声)」 奈々福「うふっ、お師匠さんが自分の話に合いの手を入れてる。おもしろい~」 この後は、奈々福が舞台のまくらやトークでしばしば語っている、「奈々福、豊子の2年間の同棲生活」という、何度聴いても楽しい爆笑エピソードが続くことになる。 奈々福が「たーへるあなとよこ」を演じるのは今回で3度目か。演じるたびに逸話が増えていき、毎回大幅に台本を書き換えているのだという。 舞台の最後は、出演者と観客と弟子が声を合わせての「ハッピーバースデー」の大合唱。そこへ大きなケーキが運ばれてきて、豊子はひとつ息を吸ってすべてのろうそく(何本あったのか?)を自力で全部吹き消した。 「今日はありがとう。元気なうちは頑張って弾きます」 自分の半生記を自分で弾く曲師など、二度と出てこないかもしれない。その半生記自体も、奈々福という最高の作者を得て、他に類のないものになった。 繰り返すが、これは数ある半生記、一代記の中でも後世に残すべき作品だと思う。遠い将来、豊子が舞台に立てなくなった時には、腕利きの多い豊子の弟子たちが弾けばいいのだ。昭和、平成、令和の浪曲界に「沢村豊子」という曲師がいたことを、生の浪曲作品の形で残すことによって、当世浪曲史がより豊かなものになるはずだ。 豊子師匠、米寿おめでとう! また皆で木馬亭へ会いに行くよ。(注1)ある特定の演者といつもコンビを組んで演奏する三味線奏者のこと。浪曲という芸は、浪曲師と曲師の二人が作り上げるものなので、最強の相三味線と巡り会えた浪曲師は食いっぱぐれがないだろう。「合三味線」という表記もある。
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プロフィル
長井 好弘(
Nagai Yoshihiro
)
1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。
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