「よみらくご」総合アドバイザー、演芸評論家の長井好弘さんが、演芸愛いっぱいのコラムをお届けします。長井好弘の演芸おもしろ帖 東京の多摩地域を中心に「寄席」の楽しさを届ける「都民寄席」が今年も3月17日で予定の8公演を無事に終える。 鈴本演芸場、新宿末広亭などの寄席定席は都心部に限られている。そこまで足を運べない、帰宅を考えると遅い時間までいられないという人たちのために、入場無料、解説付きで、寄席形式の公演を50年以上も続けてきた。 今年の公演で一番うれしかったのが、「講談の会」への応募者が増えたことだ。ネットでの申し込みが何と定員の10倍を超えた。
一龍斎貞鏡 馬場の大盃
神田織音 唐人お吉
神田松鯉 源平盛衰記・扇の的
仲入休憩
矢野誠一 解説
宝井琴調 夜もすがら検校
(2024年2月12日、東京芸術劇場シアターウエスト)
観覧申し込みの倍率が10倍を超えた
今年の6回目は令和の講談界を引っ張る看板がそろった。左から松鯉、織音、貞鏡、琴調
真打ち昇進ほやほやの貞鏡、正統派講談の有望株・神田織音、ますます円熟味を増した人間国宝・神田松鯉、講談協会会長として後進の育成にも尽力する宝井琴調。少数精鋭、令和の講談を代表する「看板」をそろえたと自負している。神田愛山、神田伯山という熱烈なファンを持つ人気者にはスケジュールが合わずに出演願えなかったが、それでも「10倍」という数字が出た。2019年に「都民寄席」の中で講談師だけが出演する会を始め、試行錯誤を繰り返しながら6回の公演を催した。ようやく「都民寄席」に講談が定着し、演芸ファンが落語と同様に「講談」にも注目してくれるようになったと実感できたのが本当にうれしい。
「都民寄席」が始まったのは、慶応3年(1867年)創業という老舗の定席「人形町末広」が閉場し、桂文楽、古今亭志ん生ら昭和の名人が相次いでこの世を去った1970年代前半のことだ。落語評論家でもあった
暉峻(てるおか)
康隆・早稲田大学教授が当時スタートしたばかりの都民芸術フェスティバルに「寄席」を組み込もうと提案してくれたのである。
僕は2000年から委員として都民寄席の運営に参加し、各番組の顔付や、舞台に上がっての演芸解説に関わってきた。そして気がつくと「実行委員長」になって10数年が過ぎてしまった。
(注1) 大先輩の重鎮委員に頼りっきりの委員長だった僕が唯一、一から手がけたのが「講談の会」である。 都民寄席は当初、落語と色物が混じる寄席スタイルの公演ばかりだったが、演芸評論家であり、浪曲の大応援団だった大西信行委員が浪曲だけの会を始め、今はなき浪曲界の大御所・澤孝子との二人三脚で名物公演にまで育て上げた。浪曲があるなら講談も…御大・貞水を口説いてスタート 浪曲の会があるなら講談も、と思うのが人情である。ところが、講談界には講談協会、日本講談協会という二つの団体があり、昭和時代からのさまざまな経緯があって、今と比べても両協会の合同公演が難しかった。「講談の会」をやるなら、まずは人間国宝で、講談協会会長でもある一龍斎貞水の出演を取り付けないと。さらに、もう一方の日本講談協会の旗頭、神田松鯉と貞水の競演がみたい。両御大の様子を見ながら、何年か待って、「このタイミングか」と思ったのが2018年だった。湯島天神で連続講談の会をやっている貞水の楽屋を訪ね、恐る恐る「都民寄席で講談の会をやりたいのですが」と切り出したのが夏前のことだ。
「怪談の貞水」の異名をとった一龍斎貞水。照明や音響、大道具を駆使した芝居さながらの「立体怪談」で人気を博した しばらく無言で考えていた貞水が、上目遣いにジロリとこちらを見て言った。 「やるのは構わない。内容は君に任せるよ。ただ条件が一つある。俺が生きてるうちにやってくれよな」 貞水がニヤリと笑う。黙って考え込んでいる姿はちょっと怖かったが、表情を緩めてもやっぱり怖い。 「わかりました。準備させてもらいます」 すぐに神田松鯉の元へ走り、「貞水先生がOKなら」と出演の承諾を得た。大物二人の前の出番は、二ツ目ながらすでに人気爆発していた神田松之丞(現・伯山)と、実力派の宝井琴調に「中山安兵衛」の「駆けつけ」と「婿入り」をリレーのような形で読んでもらうことにした。 都民寄席の公演は毎年1~3月。「うちでやりたい」と手を挙げてもらった会場でやるのが決まりである。初回は23区内でと思っていたが、他会場とのバランスも考え、京王線・聖蹟桜ヶ丘駅前にある公民館で催すことになった。駅前で便はいいし、会場もきれいで雰囲気がいい。それでも年配の講談ファンがなじみのない場所まで来てくれるかと心配になった。だが、「やるなら早く」という国宝・貞水の言葉に応えねばならない。
・神田松之丞 安兵衛駆けつけ
・宝井琴調 安兵衛婿入り
・神田松鯉 赤穂義士銘々伝・神崎の
詫(わ)
び証文
・仲入休憩
・長井好弘 解説
・一龍斎貞水 赤穂義士銘々伝・三村の薪割り
(2019年3月14日、多摩市立関戸公民館)
公演日の3月14日は浅野内匠頭が江戸城中で吉良上野介に切り付けた「刃傷松の廊下」の当日である。それならというので、「赤穂義士伝」の特集になった。「都民寄席」で初めての講談の会なので、楽屋に何とも言えない緊張感が漂っていた。舞台袖から客席をのぞくと観客の興奮が伝わってくる。
1年目には、すでに人気者だった二ツ目の松之丞(現伯山)も出演した。(写真は真打ち昇進を目前に控えた2019年12月撮影)
「オレは『安兵衛駆けつけ』はやらない。『婿入り』はやるよ。師匠の先代貞丈も同じだった。
倅(せがれ)
の方の六代目貞丈は両方やってたなあ。小金井芦州の義士伝は『三村の薪割り』だけだったなあ」
周囲の緊張などには我関せず、楽屋の誰かれ構わず捕まえて、楽しそうに昔の講談の話をする貞水。義士伝の
蘊蓄(うんちく)
を語っている途中、「三村次郎左衛門……」と言った後に、貞水が絶句した。どうしたのか、具合が悪くなったのかと皆が心配し出した頃、ハッと気がついた琴調が貞水に言った。「
包常(かねつね)
、包常!」。途端に相好を崩した貞水が「そう、三村次郎左衛門包常だった。最近ボケがきて、人の名前が出てこないんだよ」。
楽屋でそんなやりとりをしたのをおくびにも出さず、貞水は得意の「三村」を爽やかに読んで、講談の会のスタートに花を添えた。2年目は「人間国宝」の競演に この年の夏、神田松鯉が人間国宝に認定された。講談界2人目の快挙である。おかげで翌2020年の第2回「講談の会」は、「人間国宝の競演」という豪華な会になった。
・神田春陽 木津の勘助
・宝井琴調 徂徠豆腐
・神田松鯉 河内山宗俊・松江候玄関先の場
・仲入休憩
・長井好弘 解説
・一龍斎貞水 赤穂義士銘々伝・神崎かな書の
詫状(わびじょう)
(2020年2月4日、東京芸術劇場シアターウエスト)
国宝・松鯉は抑えた口調の河内山が貫禄十分。後半尻上がりにテンションが上がり、胸がすくピカレスクだ。 貞水は出番ギリギリまで楽屋に籠もって、ネタをさらっていた。 「出来ると思ってたけど、意外に覚えてなかったよ」 聞けば、今まで効いてた薬が効かなくなり、元の薬に戻したら副作用が……という体調だという。それでも高座では声がよく出ていて、ご本人は上機嫌だった。 この年の12月3日昼、御徒町駅前で昼飯のカルビ丼に食らいつこうとした時に、貞水の事務所から着電があった。
「貞水が今朝、
身罷(みまか)
りました」
いつかこんな日が来るとは思っていたが……。11月25日の湯島の「貞水連続講談の会」の後、あまりに体調が悪そうだったのであいさつせずに帰ろうと思ったが、呼び止められて楽屋で雑談をした。「先生、今読んでいる『
金毘羅利生記(こんぴらりしょうき)
』、もう3回目なのに主人公の田宮坊太郎が出てきませんが」「そうか、次回は出そうかな」。これが貞水との最後の会話になってしまった。もう少し中身のある話ができなかったものか。
翌2021年、貞水のいない「講談の会」の3回目は、同じ一龍斎のプリンス、貞山に助っ人を頼んだ。トリはもちろん、講談唯一の人間国宝となった松鯉にお願いした。
・神田春陽 青龍刀権次
・宝井琴調 幡随院長兵衛・芝居の
喧嘩(けんか)
・一龍斎貞山 榊原の
槍(やり)
・槍持ち甚兵衛
・仲入休憩
・長井好弘 解説
・神田松鯉 水戸黄門記・出世の高松
(2021年3月6日、江戸東京博物館大ホール)
プリンス・貞山が聴かせた3年目
娘であり、弟子である貞鏡(左)に稽古をつける八代目貞山(右)。格調高い読み口で古典講談の本格派だった(2012年撮影)
貞山得意の「榊原の槍」。古風な物語を何のケレンもなく、ただ淡々と読み進めて、槍持の
矜持(きょうじ)
と悲哀を浮かび上がらせていく。これが講談本来の姿なのだろうと思える好演だった。「講談の会」にはこの人が必要だ。終演後、貞山に「琴調先生と2人、これから毎年出てください」と願うと、「そうかい、いいよ」という
飄々(ひょうひょう)
とした返事だった。
だが、同年6月1日に、貞山の訃報が届いた。浅草木馬亭で浪曲を聞いているときに、後ろの客が「亡くなった」と言ったのを聞き、終演後に慌てて確認すると、5月26日に心不全で亡くなっていた。密葬も済んでいるらしい。
4月23日に聴いたらくごカフェ(神保町)の独演会では、1席目の「秋色桜」の後、高座から立ち上がれず、楽屋に戻れない。そのまま休憩時間も高座にいて、2席目の「左甚五郎・水
呑(の)
みの龍」を読んだが、顔色が悪く、終演後も釈台の前で動けなかった。客の前ではけっして「ここが痛い」「どこが苦しい」と言わないので、本当のところはわからないが、僕を含めて貞山には無理をさせてしまったのかと後悔するばかりだ。
2022年は人気者の神田愛山が初登場だった。今やトレードマークになった「トム&ジェリー」の帽子とトレーナーといういで立ちでやってきた。服は自前、グッズ類はもらい物だとか。 軽いネタでどうするのかと思えば、持ち時間の半分は「講談の歴史」の解説。わかりやすくて面白い。後の出番で「解説」をする僕は、もう話すべきことがない!
・一龍斎貞橘 勧進帳
・神田織音 大名花屋
・神田愛山 三家三勇士・和田平助鉄砲斬り
・仲入休憩
・長井好弘 解説
・宝井琴調 赤穂義士銘々伝・赤垣源蔵徳利の別れ
(2022年3月5日、江戸東京博物館大ホール)
4年目は鬼才・愛山と初の女性演者の織音
昨年に古希を迎えた愛山。帽子から洋服、グッズ、着物まで「トムとジェリー」は業界では有名だ。この風貌とは何ともミスマッチだが… 1番手の貞橘は、会場である江戸博のすぐ隣に建っている日大一高の出身である。 「年末、墨田区民が『第九』を歌う催しがあり、高校生の自分も参加した。今でも覚えていますよ」と、堂々たるドイツ語で熱唱を披露した。 そうそう、特にこだわっていたわけではないが、「講談の会」の出演者はこれまで男性ばかりだった。女性を排除するつもりなどは毛頭なく、出演者が4人で、そのうち国宝2人と琴調をレギュラーにしてしまったから、残りは1人。近年男性の演者が増えてきたので、その辺を紹介しようとすると女性に声をかけにくいのである。 今回、織音が「講談の会」では初めての女性演者になった。一応、出番前に本人に伝えておいた方がいいだろう。 「えーっ! そういうことは終わってから言ってくださいよー!」 うう、叱られてしまった。 2023年は女性演者が2人になった。本格派でコミカルな味も出せる一龍斎貞寿と、「殺人場面が好き。この点だけは、弟弟子の神田伯山と意見が一致する」と物騒なことをいう神田阿久鯉だ。
・一龍斎貞寿 出世浄瑠璃
・神田阿久鯉 天明白浪伝・悪鬼の万造
・宝井琴調 徂徠豆腐
・仲入休憩
・長井好弘 解説
・神田愛山 難波戦記・真田の入城
(2023年3月7日、東京芸術劇場シアターウエスト)
「紅二点」で華やかになった5年目
5年目は女性演者が2人で華やかに。琴調(中央)をはさんで、左に阿久里、右に貞寿(写真は2021年撮影) 終演後の楽屋は、貞寿による愛山撮影タイムだ。帽子、トレーナーの前と後ろ、グッズなどを丁寧に撮っている。「トムジェリ」のキャラクターがよくわかるようにとの愛山の注文らしい。「頼めばやるのが当然と思っているみたいで、『ああ、それはいいから』なんて言ったことがありません。私は『清水次郎長伝』の先を教えてほしいから、何でもやりますけど」と、それでも楽しそうに貞寿カメラマンが“仕事”をしている。 そして今年、2024年は、去年米寿を迎えた演劇・演芸評論家の矢野誠一委員が解説役を務めた。 矢野さんは2000年に僕と一緒に都民寄席の委員になった、いわば同期である。それが昨年の番組編成会議の席上、急に「今年限りで委員を退きたい」と言い出した。いつも元気一杯ではあるが、高齢ということもあり、多摩地域まで解説の出張をするのが体力的にきついのかなと思ったが、一応、退任の理由を聞いたらとんでもない答えが返ってきた。 「この頃忙しくて原稿を書く時間が確保できないんだよ」 なんだそれ。「忙しくて原稿を書く時間が作れない」なんて、文筆業の端くれとしては一度言ってみたいセリフである。と考えたところで、僕の前に「米寿すぎまでバリバリの現役でいられるか」という高い壁がそびえていることに思い当たった。 「もう辞めるんだから解説はしたくない」というのを拝み倒して、これまで僕が務めてきた講談の会の解説をお願いした。 責任上、自分の出番がないのに講談の会に出かけた僕は、舞台袖で「矢野誠一委員最後の解説」に耳を傾けた。昔々、講談定席があった上野本牧亭に、学校をサボって制服姿で出かけた矢野少年が、高齢の常連客に邪魔されて、壁際の「楽ちんで目立たない席」に座れず、桟敷のど真ん中で居心地悪く講談を聴いた思い出が楽しく面白い。 「最後の解説、どうでした」 楽屋に戻った矢野委員に感想を尋ねると、いたずらっ子のような笑顔で答えてくれた。 「俺んちから近い会場にしてくれたので、楽だったよ」 いや、そういうことじゃなくて……。さあ、7年目の顔付けはどうしようか
米寿を迎えて、ますますお元気な矢野誠一さん。演劇人や芸人との交流は幅広く、そのエピソードは面白すぎる(写真は2023年撮影) 終演後、矢野さんと琴調、織音、僕の4人で、近くのそば屋でミニ打ち上げをした。矢野さんが仲間の永六輔、桂米朝、小沢昭一、柳家小三治らと長く続けた「東京やなぎ句会」の逸話やら、演劇人、作家の交流と裏話など、酒席は矢野さんの独演会になった。矢野さんが席を外した時、琴調が僕に聞いた。「矢野さんって、いつもあんなに面白いの?」。絶好調なら、こんなものじゃすみませんよと、答えるしかない。 来春、7回目を迎える「都民寄席・講談の会」。そろそろ出演者を考えなければならない。次はどんな出会いが待っているのだろうか?(注1)僕が委員長になったのは、特別の功績があったからとかいうことではまったくなくて、委員会を仕切っていた1929年生まれ(!)の複数の重鎮委員が「我々は年寄りだから、事務仕事は疲れる。動ける人、若い人を委員長にしよう」と、その頃一番下っ端だった僕を、無理やり委員長に据えてしまったのだ。
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プロフィル
長井 好弘(
Nagai Yoshihiro
)
1955年東京都生まれ。都民寄席実行委員長、浅草芸能大賞専門審査員。著書に『寄席おもしろ帖』『新宿末広亭のネタ帳』『使ってみたい落語のことば』『噺家と歩く「江戸・東京」』『僕らは寄席で「お言葉」を見つけた』、編著に『落語家魂! 爆笑派・柳家権太楼の了見』など。
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