月には、極めてわずかですが大気があります。大気成分のうち、炭素、窒素、酸素のイオンについては様々なメカニズムで発生していると考えられていたものの、それぞれがどのような割合で働くのかは未知数でした。

大阪大学の寺田健太郎氏などの研究チームは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の月周回衛星「かぐや」が観測したデータを分析し、炭素、窒素、酸素のイオンの変化からメカニズムを特定しました。その結果、炭素、窒素、酸素のイオンは主に太陽風によって形成されていることを解明するとともに、流星群の後には炭素リッチな大気組成になることを発見しました。このような結果は、月を周回し、様々な条件下でイオンの量を測定した、かぐやの観測データが無ければ成し得ない成果です。

今回の研究は、月の表面では生命の必須元素がどのように供給・貯蔵・散逸されるのかを理解するだけでなく、人類が月面に進出する上でも重要な研究となるかもしれません。

極めて薄い「月の大気」の特異性図1: 月の大気に含まれるイオンの形成メカニズム。(Credit: 寺田健太郎)【▲ 図1: 月の大気に含まれるイオンの形成メカニズム。(Credit: 寺田健太郎)】

「月には大気がない」というのは、誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。確かに、大気と聞いてイメージするようなモノは月には存在しません。しかし厳密に言えば、月にも極めて薄い大気があります。その薄さは、大気圧にして地球の100兆分の1以下しかなく、大抵の状況では無視できます。このため普通の文脈では、「月には大気がない」と表現することに問題はありません。

ただ、この極めて薄い月の大気を研究すると、とても面白いことが分かります。というのも、月の大気にはイオン化した炭素、窒素、酸素が含まれているからです。これは非常に不安定であり、月の表面から宇宙空間へと逃げ出す時間は数十秒から数分程度しかありません。すぐになくなってしまうはずの成分が存在するということは、月は何らかの供給ルートで、失われたイオンを補充しているはずです。

しかし、このイオンの供給ルートが長年の大きな謎でした。厳密に言えば、この謎は「イオンそのものの発生源」と「イオンの元となる元素の供給源」の2段階に分かれますが、今回解説する研究はイオンそのものの発生源に焦点を当てています。

これまでの研究から、月の大気は「月の岩石から蒸発した成分由来」と「太陽風、地球大気、微小隕石など、外部から供給された物質の成分由来」の2種類に分かれていると考えられています。

岩石からの蒸発については、ナトリウムやカリウムのような金属が存在することが証拠の1つとして挙げられます。2024年の研究では、ナトリウムやカリウムは、その約7割が流星の衝突による衝突蒸発、約3割が太陽風由来のイオンが衝突するイオンスパッタリングによって生じたと説明しています。

しかしこれは、ナトリウムやカリウムのような比較的重い金属元素での話です。炭素などのイオンは軽くて動きやすいため、同じ説明が当てはまるとは限りません。このため、炭素、窒素、酸素のイオンについては、その発生源がよく分かっていませんでした。

月の大気のイオンはどのように生成される?図2: 月を周回するかぐやの想像図。(Credit: JAXA)【▲ 図2: 月を周回するかぐやの想像図。(Credit: JAXA)】

大阪大学の寺田健太郎氏などの研究チームは、月の大気に含まれるイオンの発生源を特定するため、JAXAの月周回衛星「かぐや」の観測データを分析しました。かぐやには、イオンの種類を特定する分析機器であるイオン質量分析器が搭載されており、上空100kmほどの月の大気に含まれるイオンを捉えることができました。

寺田氏らは、かぐやによって測定されたイオンの量の変化と、月の満ち欠け(位相)や昼夜に関係性があるかどうかを調査しました。この調査方法は、大気中のイオンの発生の仕方の仮説と関連があります。

月のイオンの発生の仕方は、主に次の4つのメカニズムが考えられます。以下、メカニズムについて簡単に説明します。

1. 太陽風由来のイオンによるスパッタリング
太陽風に含まれる高速のイオンが月の表面に衝突し、原子がイオン化して叩き出される現象。イオンは磁場の影響を受けるため、月が地球の磁気圏に入っている時には月の表面に届きません。

2. 太陽風由来の光子による光イオン化
太陽風に含まれる高エネルギーの光子が月の表面に衝突し、受け取ったエネルギーによって原子がイオン化し叩き出される現象。光子は磁場の影響を受けないため、太陽の方向を向いている昼の面には月の位置に関係なく表面に届きます。

3. 微小隕石による衝突蒸発
小惑星や彗星に由来する微細な塵が月の表面に衝突し、その運動エネルギーが原子のイオン化と叩き出しに変換される現象。月の位置や昼夜に関係なく降り注ぐため、原則としては時間経過によって変化はないですが、例外もあります。

4. 地球大気由来のイオンそのもの、およびそのイオンによるスパッタリング
太陽風によって、地球大気は流出しています。この地球大気は、月の大気の酸素イオンの供給源であることが寺田氏らの研究によって示されています。また、このイオン自体もエネルギーが高く、1と同じスパッタリングを起こします。地球の磁気圏と地球大気の流出場所はほぼ一致しているため、地球の磁気圏の外側では観測できません。

図3: 月は地球を周回する際、地球磁気圏の内部に入り込みます。(Credit: E. Masongsong, UCLA EPSS & NASA GSFC SVS)【▲ 図3: 月は地球を周回する際、地球磁気圏の内部に入り込みます。(Credit: E. Masongsong, UCLA EPSS & NASA GSFC SVS)】

この4つのメカニズムが起きるかどうかは、月の表面が太陽を向いているかどうかと、地球の磁気圏に入っているかどうかで変化するはずです。寺田氏が、イオンの量の変化と、月の満ち欠けや昼夜に関係性があるかどうかを調査したのはこれが理由です。

今回の分析では、イオンの量の時間的変化を調べる際に、個々のイオンがどれくらいの重さを持っているのかを解析する手法を確立しました。イオンの重さは元素の重さに対応するため、炭素、窒素、酸素のイオンが条件次第でどう変化するのかを捉えることができます。

かぐやのデータが示す月のイオンの変化

寺田氏らは、かぐやが捉えた3か月分のデータを分析し、次のような結果を得ました。

図4: かぐやで観測された月の大気に含まれるイオンの量の変化。昼夜では夜の方が少なくて安定しており、地球の磁気圏内にいるときは昼夜関係なく少なくなることが分かります。(Credit: 寺田健太郎ら / 筆者(彩恵りり)により日本語訳)【▲ 図4: かぐやで観測された月の大気に含まれるイオンの量の変化。昼夜では夜の方が少なくて安定しており、地球の磁気圏内にいるときは昼夜関係なく少なくなることが分かります。(Credit: 寺田健太郎ら / 筆者(彩恵りり)により日本語訳)】

まず、月の大気に含まれるイオンの量は昼間の方が多く、変化も激しいことが分かりました。昼間のイオンの量は、夜間と比べて最大で7倍に達します。イオンの量の変動は、太陽風由来の水素の密度と一致することから、月の大気に含まれる炭素、窒素、酸素のイオンのほとんどは太陽風によって生成されることが分かります。表面で起こる反応を考えると、月の大気のイオンは、太陽風由来のイオンによるスパッタリングによって生成されていると考えられます。

図5: かぐやで観測された炭素イオンと酸素イオンの比率の変化。極端に炭素イオンが大きい日は、流星群の直後に観測されています。(Credit: 寺田健太郎ら / 筆者(彩恵りり)により日本語訳)【▲ 図5: かぐやで観測された炭素イオンと酸素イオンの比率の変化。極端に炭素イオンが大きい日は、流星群の直後に観測されています。(Credit: 寺田健太郎ら / 筆者(彩恵りり)により日本語訳)】

3か月間のイオンの量の変化を調べると、炭素、窒素、酸素のイオンのお互いの比率は、ほとんどの期間では太陽活動に比例するため、昼間では変化を示す一方、夜間ではほぼ同じ割合となります。しかし一部の日では、炭素イオンの割合がずっと高い、炭素リッチな大気を示すことがあります。この状態は長続きせず、数日程度で消えてしまうようです。

炭素リッチなデータが取得された日を見ると、ペルセウス座ε流星群、しし座κ昼間流星群、しし座流星群、アンドロメダ座流星群が起きた後にこのような状況が発生していることが分かります。よく知られているように、これらの流星群は彗星が放出した物質に由来します。月の大気が一時的に炭素リッチとなるのは、常に月面へと補給される小惑星由来の塵よりも、一時的に大量に供給される彗星由来の塵の方が炭素に富んでいることを示唆するものです。

おまけとして、酸素イオンに対する窒素イオンの比率も、同じ昼間の中でもかなり変動していることが分かりました。この変動は、「窒素成分に富む炭素含有物質」と「窒素を含まない酸化炭素成分(一酸化炭素や二酸化炭素)」が月面に存在し、これらからイオンが生成されることが示唆されます。ただし、詳しい成分については今回の研究では解明しきれない部分もあり、さらなる研究が必要です。

月面での生命必須元素の行方にも注目

今回の研究では、単に月の大気の炭素、窒素、酸素のイオンを捉えるだけでなく、その変動から、月面で起きている様々な反応を垣間見ることができました。

月の大気に含まれるイオンに関する従来の研究では、大量のイオンが生成されると推定される月の昼間のデータに着目しており、1回の昼間を一括で捉えていました。これでは、昼夜の違いや地球の磁気圏に入り込んでいる時との違い、あるいは同じ昼間の中での変化を捉えることはできません。月を周回して長期・連続的にイオン量のデータを取得したかぐやだからこそ成し得た成果です。月の満ち欠けとイオンの変化に関係性があることから、大阪大学のプレスリリースではこれを「欠けた月の見方が変わる!?」と表現しています。

今回の研究では、外的要因によって月の表面が変化することを詳しくとらえたという点で、すぐ近くにありながら謎の多い月の様子について、詳しく知るきっかけを得ることができました。これは間接的に、 “隣人” である地球環境の変化を知る上でも手掛かりとなります。

また、将来の有人月面探査や滞在においては、月に存在する資源で生命維持に必要な物質を合成する必要性も出てくると考えられます。炭素、窒素、酸素は生命の必須元素であるため、月の表面でどのように供給・貯蔵・散逸されるのかを理解することは、月の環境の理解だけでなく、人類の月面進出を手助けする上でも重要な立ち位置になるかもしれません。

ひとことコメント

月の満ち欠けは日常的に見ることができるけど、これが大気の変化と関連しているかもというのはとてもおもしろいわね!(筆者)

 

文/彩恵りり 編集/sorae編集部

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