※【連載】サラリーキャップ/連帯と改革の狭間①はこちら。②はこちら。

 実質的な『宣戦布告』を経て、スタッド・トゥールーザンの主張は、もはや一クラブの弁明という枠組みを越えつつあった。

『現行のサラリーキャップ規定は、一部の運用において違法かつ不合理であると言わざるを得ない。いま、改革を断行しなければ、制度そのものが内側から自壊することになる』

 トゥールーズ側のこの訴えに対して、リーグ側は『サラリーキャップとは、バランスの取れた高性能かつ持続可能なモデルを実現するための、クラブ間の連帯に基づく確固たる選択』と応じる。全クラブの合意のもと、対話を通じて制度をアップデートしようとするリーグに対し、司法の判断を仰いででも抜本的な刷新を迫るトゥールーズ。この対立は、リーグの統制を根底から揺るがしかねない方向へ進んでいる。

 4月1日、『レキップ』紙は『肖像権契約、移籍補償金、さらに「裏の覚書」:トゥールーズがサラリーキャップ規定で改革を望む真の狙い』と題した記事を掲載。クラブ側が掲げる『改革』という旗印の裏側に、どのような思惑が隠されているのかを、あらためて掘り下げている。

 スタッド・トゥールーザンが反発する「パートナー企業からの収入の合算」について、同紙はその意義を説いている。
「リーグ側の意図として、クラブのパートナー企業と結ぶ肖像権契約の申告を義務付けることは、一種の防波堤である。もしこの制限がなければ、クラブがパートナー企業に対し、選手へ支払う肖像権料を意図的に水増しするよう依頼することが可能になる。そして、その水増し分をスポンサーが本来クラブに支払うはずの協賛金から差し引くという『三角取引』が成立してしまうのだ。現行の規定は、こうした規定逃れを防ぐために見出された、せめてもの対抗策なのである」

「違約金は給与ではないため、サラリーキャップに含めるのは不当である」という主張に対しても、『レキップ』紙は冷徹な見解を示している。
「サラリーキャップ規定の立案者たちは、移籍金の肩代わりによって選手が何も得ていないとは考えていない。なぜなら、選手はそれによって既存の契約から解放され、本来なら自ら背負うべき『負債』を免除されるという多大な利益を手にしているからだ。その結果、より名声が高く、より高額な報酬を得られるクラブへの移籍が可能になるのである。さらに付け加えれば、フランスの社会保険料徴収機関は、こうした違約金や損害賠償条項を精査する際、一貫してそれらを『給与』と認定してきたという事実がある」

 一方、ラクロワ会長は書簡の中で、これらの条項を維持することは移籍金の金額を抑制することに繋がり、それが育成クラブ、ひいてはフランス代表チームにとって不利益になるとの懸念を表明している。しかし、同紙はこれに対してもこう切り捨てた。
「この条項の本質的な目的は、無限に近い資金力を持つ一部のオーナー会長が、あらゆる違約金を積み増して他クラブと契約中の選手を次々と引き抜き、競技の公平な競争環境を崩壊させることを防ぐ点にあるのだ」

スタッド・トゥールーザンへの人々の思いは、トゥールーズの街の中に自然にある。信頼されるクラブでありたい。(撮影/松本かおり)

 そもそも、移籍金をサラリーキャップに算入しなければならないというルールが明文化された背景には、2021年8月に起きたチェスリン・コルビのトゥールーズからトゥーロンへの電撃移籍騒動がある。

 現地報道によれば、コルビがトゥールーズを去る決断を下したのは、約8か月前から要求していた大幅な昇給を実現するためであった。そこで最大の問題となったのは、獲得に名乗りを上げたトゥーロンがいかにして、サラリーキャップの上限を突破することなく、このスプリングボクスのスターを総年俸枠に組み込むかという点だった。当時は、移籍先のクラブが違約金を肩代わりしても、それがサラリーキャップの計算に含まれないという「穴」が存在していたのである。

 トゥーロンは、コルビとトゥールーズの間に残っていた2年間の契約を買い取るため、トゥールーズに対し120万ユーロを支払ったとされる。これは当時のレートで約1億6000万円、現在の水準に換算すれば2億円を超える巨額の取引であった。

 さらにトゥーロンとトゥールーズは、サラリーキャップの規定内に収めるための巧妙な策を講じる。移籍金に約60万ユーロを上乗せし、総額を180万ユーロ(現在のレートで約3億3000万円)としたのだ。この上乗せされた60万ユーロは、トゥールーズからコルビ本人へ「退職金」の名目で払い戻された。これが、事実上の契約金として、コルビのトゥーロンにおける初年度の年俸を補填する形になったとされている。

 この「移籍金に見せかけた報酬支払いスキーム」に対し、2023年12月、サラリーキャップ専門規律委員会は両クラブへ制裁を下した。スタッド・トゥールーザンには「透明性および協力に関する一般的義務への違反」を理由に5万ユーロ(約925万円)の罰金(執行猶予付)、ラグビー・クラブ・トゥロネにも同様の理由で7万ユーロ(約1300万円)の罰金が科されたのである。

 現行制度の「欠陥」を声高に訴えるラクロワ会長は、この条項がなぜ生まれ、どのような意味を持つのかを、誰よりも熟知しているはずなのである。

 また、「サラリーキャップ・マネージャーの独立性が保たれていない」という訴えに対し、『レキップ』紙は矛盾を指摘している。

「2021年からLNRの副会長を務めるディディエ・ラクロワは、当然ながらマネージャーの契約書をその手に取り、自らその再任に賛成票を投じてきたはずである。マネージャーは、ラクロワ会長自身も出席する理事会において、単純過半数の賛成によって指名される立場にあるのだ」
さらに同紙の取材によれば、現行の契約には守秘義務、利益相反の防止、契約終了後の競合避止に関する明確な条項が複数含まれているという。

 そして、「透明性と協力義務」が憲法の保障する「私生活の尊重」を侵害しているという主張に対しても、同紙は真っ向から反論している。
「サラリーキャップ・マネージャーが選手のあらゆる商業活動を把握する必要があるのは、特定の肖像権契約などが、直接的あるいは間接的にクラブのパートナー企業と関連していないかを確認するためである」

 さらに、「クラブが『知り得なかったこと』まで責任を負わされ、罰せられるのは不当である」というラクロワ会長の主張に対し、同紙は次のような痛烈な問いを投げかけた。
「ここ数年の間にスタッド・トゥールーザンに有罪判決や罰金をもたらした数々の事案、あるいはアントニー・ジュロンと3S-アリジア社の契約のように、現在新たな制裁の脅威にさらされている事案において、クラブは本当に『すべてを知らなかった』と言い切れるのだろうか」

 スタッド・トゥールーザンの顧問を務めるカヴァリエ弁護士は、2月に『ミディ・オランピック』紙の取材に対し、持論を展開していた。
「ラグビークラブのトップが、選手に便宜を図るべく、通常の条件で仕事を依頼する用意のある企業を彼らに紹介するのは、極めて自然な行為です。だからといって、その企業がクラブに代わって選手に報酬を支払っていることにはなりません。したがって、それらの金額をサラリーキャップの算定対象に含めるべき理由はどこにもないのです」

 同弁護士は『レキップ』紙に対し、さらに踏み込んだ法的解釈を付け加えた。
「すべては、それがどのように書面に記されているかによります。クラブが企業との仲介を容易にするために行う『約束』が給与と同等であると断じるのは、法的に誤りです。それはサラリーキャップの算入対象にはなり得ません」

 これに対し、『レキップ』紙がジュロンとラクロワ会長の間で署名された「追加収入に関する契約上の合意」の存在について畳み掛けると、弁護士はこう答えるに留まった。
「もしそのような性質の文書が存在するのであれば、その正確な内容と文脈に基づいて、リーグの管轄機関が判断を下すことになるでしょう。しかし、単なる『紹介の約束』そのものが給与と見なされるべきではありません」

FLアントニー・ジュロンは現在フランス代表キャップ40。写真は2023年W杯準々決勝、南アフリカ戦時のもの。(撮影/松本かおり)

『レキップ』紙は「文書は実在する。本紙はそれを公開する」と宣言。2月17日の同紙の記事で存在をほのめかしていた、あの「覚書」の現物をついに公開した。

 スタッド・トゥールーザンの公式レターヘッドが刷り込まれた便箋には、「商業契約」という題とともに、以下の内容が記されていた。

「私、ディディエ・ラクロワは、プロスポーツ株式会社スタッド・トゥールーザン・ラグビーの会長として、アントニー・ジュロン氏を企業と引き合わせることを約束する。これは同氏が自身の肖像、氏名、知名度を商業的に活用するためのパートナーシップ契約を締結できるようにするためである。
 この介入の実効性と確実性をアントニー・ジュロン氏に対して担保するため、プロスポーツ株式会社スタッド・トゥールーザン・ラグビーは、彼の給与とは別に、以下の追加の年間純収入を彼に保証することを約束する。

• 2021/22、2022/23、2023/24各シーズン:各シーズンにつき無条件で6万ユーロ(税別)。
• フランス代表として10キャップに到達した時点から:1万5000ユーロ(税別)を追加し、年間7万5000ユーロ(税別)とする。

 したがって、アントニー・ジュロン氏が締結した商業契約の年間収益が上記の金額を下回った場合、プロスポーツ株式会社スタッド・トゥールーザン・ラグビーがその差額を同氏に支払うものとする。
 PROJEXA社(代理人)は、本合意に基づく仲介料として、シーズンごとに4000ユーロ(税別)を受け取るものとする。
 2021年6月10日、トゥールーズにて」

 書面の末尾には、ラクロワ会長とジュロン本人の署名が、はっきりと刻まれている。

「これこそが、単なる『紹介』とは次元の異なる、クラブの深い関与を示す決定的な証拠ではないのか」と、『レキップ』紙は激しく迫る。

「この『覚書』は、署名が行われた2021年6月10日から15日以内に、サラリーキャップ・マネージャーに報告される義務があった。果たして、その義務は果たされたのか。同様に、この合意から生じた金額(後に実態として3S-アリジア社が肩代わりした報酬分)も、該当するすべてのシーズンのサラリーキャップに算入されるべき性質のものであった」

 さらに、カヴァリエ弁護士が『レキップ』紙に対し提示したサラリーキャップ・マネージャー宛ての書簡(もしくはその抜粋)の内容も明らかになった。

 そこには、スタッド・トゥールーザンが少なくとも2シーズンにおいて、「当該選手が受け取った肖像権に関して、必要な申告手続きをおこなっていなかったこと」を認める記述が含まれている。クラブ側は、これらの不手際について、リーグに対し「遺憾の意」を表明しているという。

 そして事態は、4月5日のLNRによる公式発表へと至る。
「調停合意に至らなかったため、LNR会長は3月31日、規律委員会に対して審理を申し立てた」

 この発表が意味するところは重い。『レキップ』紙の報道とは無関係に、リーグ側はすでに水面下で調査を進め、調停の手続きに入っていたのである。しかし、過去のケースとは異なり、スタッド・トゥールーザン側は今回、調停による幕引きを拒絶した。

 これまで「大局的な判断」として制裁を受け入れてきた名門クラブは、ついにその沈黙を破り、制度の是非を問うべく法廷で戦う道を選んだのである。

 4月7日、トップ14プレーオフに向けたカウントダウン・イベントが開催され、LNRのルベール会長が記者会見に応じた。緊迫した情勢の中、記者たちの質問は必然的にサラリーキャップを巡る騒動へと集中した。
 一連の騒動がラグビー界のイメージを失墜させたのではないか、という問いに対し、ルベール会長は冷静、かつ示唆に富む言葉で自身の見解を述べた。

2025年3月13日、ヤン・ルベール会長が就任したことを告げるLNRのWebサイト

「そもそも、サラリーキャップは一つの規約であり、『生きている制度』です。制度が生きている以上、議論が続くのは当然のことですし、法的な議論が起きることも正当な権利です。しかしながら、忘れてはならない点が2つあると私は考えています」

 会長は、次のように言葉を継いだ。
「一つはサラリーキャップの規定は、関連当事者(スポンサー等)に関する条項も含め、圧倒的多数の支持によって強化・承認されたものであるということ。もう一つは、何かが『禁止』されているわけではなく、全クラブ間の公平性を保つために『透明性を保つ義務』があるだけだということ。非常にシンプルな話です。『法』というものは、『集団の選択』に奉仕するためにあるべきだ、ということを再認識するのが重要だと思います。今回の場合、『集団の選択』とはクラブの大多数が下した決断のことです。法が集団の選択に取って代わるようなことがあってはならず、法はむしろ、その選択を確実なものにするために機能すべきなのです」

 多数決によって形作られた「ラグビー界の総意」を、一部のクラブが法解釈を盾に覆すことは許されない。ルベール会長の言葉は、単なる反論を超え、スポーツにおけるガバナンスのあり方を問う響きを伴っている。

 さらに、今回の騒動の核心である「なぜパートナー企業からの収入を制限し続けなければならないのか」という問いに対し、ルベール会長は、その舞台裏にあるリスクを極めて具体的に説明した。

「サラリーキャップは、リーグの公平性や競争力、そして最終的にはトップ14という大会の魅力を維持するために不可欠な要素です。では、なぜクラブのパートナー企業が選手に支払う可能性のある金額を含める必要があるのか? それは単純に、『三角取引』という巧妙なスキームによるルールの回避を防ぐためです。もしクラブが不正を働こうと思えば、パートナー企業に対し、『クラブへのスポンサー料を少し減らす代わりに、その差額を肖像権料として選手に直接渡してくれ』と依頼するのは、非常に容易なことは想像がつくでしょう」

 会長は、これが単なる机上の空論ではないことを強調し、こう釘を刺すのも忘れなかった。
「これは決して空想の話ではない。過去に実際に検討され、あるいは実行に移されてきた手法なのです」

 最後に、記者から「リーグと、フランスラグビー界の顔とも言えるトップクラブとの全面戦争が始まったのか」という直球の問いが投げかけられた。ルベール会長は、冷静な口調で、しかし妥協を許さない姿勢を明確に示した。
「いいえ。リーグとは、各クラブの意志が結集した組織に他なりません。我々は、フランスのプロラグビー界全体に奉仕する『集団』を代表する機関です。一クラブが独自の意見を持ち、議論を求めることはもちろん自由ですが、繰り返すように、その議論は2月まで十分におこなわれてきました」

 スタッド・トゥールーザン側が突きつけてきた「規定の廃止要求」に対し、会長は組織の総意を背負う立場で、あえて静かにこう語った。
「スタッド・トゥールーザンの弁護団は、一部の条項を廃止するよう要求してきました。しかし、役員会や理事会がその要求を安易に受け入れるようなことがあれば、私は非常に驚きますね。もし彼らがこの件をさらに進め、司法の場へと持ち込むというのであれば、我々は表明された多数派の意志、そして民主的に可決された規定を、冷静かつ断固たる決意で守り抜く。それだけのことです」

(了)

【プロフィール】
福本美由紀/ふくもと・みゆき
関学大ラグビー部OBの父、実弟に慶大-神戸製鋼でPRとして活躍した正幸さん。学生時代からファッションに興味があり、働きながらフランス語を独学。リヨンに語学留学した後に、大阪のフランス総領事館、エルメスで働いた。エディー・ジョーンズ監督下ではマルク・ダルマゾ 日本代表スクラムコーチの通訳を担当。当時知り合った仏紙記者との交流や、来日したフランスチームのリエゾンを務めた際にできた縁などを通して人脈を築く。フランスリーグ各クラブについての造詣も深い。