米中対立の最前線に位置する台湾の半導体産業を巡り、ワシントンと台北の間で極めて緊迫した神経戦が繰り広げられている。米国政府が求める「最先端半導体の生産能力40%を米国へ移転する」という要求に対し、台湾政府は「不可能である」との断固たる回答を突きつけた。この拒絶は、数十年にわたり築き上げられた精密なサプライチェーンの物理的・論理的限界を世界に知らしめるものとなった。
台湾の関税交渉責任者であり、行政院副院長(副首相)を務める鄭麗君(Cheng Li-chiun)氏は、2026年2月9日までに放送された地元テレビ局CTSのインタビューで、米国側の要求を明確に否定した。米国が求める40%から50%という生産能力の移転目標について、彼女は「米国側には、それは不可能であるとはっきりと伝えた」と述べた。この発言の背後には、半導体製造を単なる「工場の建設」と捉えるワシントンと、それを「有機的なエコシステム」と捉える台北との間にある深い認識の乖離がある。
氷山の一角に過ぎないファブ、その下に沈む膨大な基盤
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鄭麗君氏が用いた「氷山」の比喩は、現在の半導体産業の構造を最も的確に言い表している。海面上に見えている氷山の一角が、TSMC(台湾積体電路製造)などの巨大なファブ(製造工場)であるならば、海面下には数十年の歳月をかけて構築された、目に見えないほど巨大で強固な基盤が存在する。
この基盤を構成するのは、材料、特殊化学品、精密機器のサプライヤーから、高度に訓練された専門技術者、そしてそれらを支えるインフラと研究開発(R&D)のネットワークである。鄭麗君は「数十年にわたって築き上げられた産業エコシステムは、簡単に移転できるものではない」と強調した。
台湾は現在、世界の最先端半導体生産の約90%を占める。この圧倒的なシェアは、地理的に高度に集積した「クラスター効果」によって維持されている。設計から製造、パッケージング、テストまでが狭い島内のサイエンスパークに凝縮されており、この物理的な距離の近さが、微細化の限界に挑む開発スピードと歩留まりの維持に不可欠な要素となっている。40%の移転という要求は、この精密な時計の歯車の半分を抜き取り、別の場所で動かせと言っているに等しい。
Lutnick商務長官の強硬姿勢と100%関税の脅し
対する米国の姿勢は、経済安全保障の観点から極めて強硬だ。米国商務長官のHoward Lutnick氏は、2025年10月から2026年1月にかけて、台湾への依存を戦略的脆弱性と見なす発言を繰り返してきた。「中国からわずか80マイル(約130km)の距離にすべての半導体製造が集中しているのは非論理的だ」というのが彼の主張の核心である。
Lutnick長官は、現政権の任期終了までに最先端半導体製造の市場シェア40%を米国国内で確保することを目指しており、これが達成されない場合、台湾製品に対する関税を現在の15%から100%へと大幅に引き上げる可能性すら示唆している。かつては「50対50」の分割生産を提案したこともあるLutnick長官にとって、40%という数字は譲歩のラインですらあるのかもしれない。しかし、製造現場のリアリティを知る側からすれば、その数字には根拠となる裏付けが欠如している。
専門家の間では、米国にファブを一から建設し、フル稼働させるまでに少なくとも3年から4年はかかると指摘されている。Lutnick長官が掲げる「任期内での40%確保」という目標が、物理的な建設期間と垂直立ち上げの困難さを考慮していないことは明白だ。
「台湾モデル」という新たな共生の模索
拒絶の一方で、台湾は米国との関係破綻を望んでいるわけではない。台北が提示したのは、生産能力の「移転」ではなく、台湾の成長に合わせた米国側の「拡張」という、いわゆる「台湾モデル」による妥協案である。
先月合意に至った内容によれば、ワシントンは台湾製品にかける関税を20%から15%へと引き下げる。これにより、台湾は日本、韓国、欧州連合(EU)と同等の競争条件を得ることになる。その見返りとして、台湾側は以下の二段構えの投資・支援策を打ち出した。
民間投資の拡大: TSMCやUMC(聯華電子)などの台湾企業は、それぞれの事業計画に基づき、総額2,500億ドルを米国へ投資する。これにはTSMCによるアリゾナ州での1,650億ドル規模の工場建設が含まれる。
政府による金融支援: 台湾政府は、これら民間投資を円滑に進めるため、2,500億ドルのクレジット・ギャランティー(信用保証)を提供する。
この総額5,000億ドル規模の枠組みこそが、鄭麗君が「台湾モデル」と呼ぶ戦略だ。これは、日本や韓国が行った投資約束とは一線を画すものであり、民間企業の自主的な経営判断と政府のバックアップを組み合わせた、持続可能な進出形態を指している。
「シリコンシールド」の防衛:なぜ最先端R&Dは動かせないのか
台湾にとって、最先端技術を島内に留めることは経済問題であると同時に、国防問題でもある。いわゆる「シリコンシールド(シリコンの盾)」理論だ。世界中のハイテク産業が台湾のチップに依存している限り、国際社会は台湾の現状維持を支持せざるを得ない。
鄭麗君はインタビューの中で、台湾のサイエンスパークは移転させず、最も先進的な技術は台湾に留まると明言した。「最先端のR&Dと製造プロセスは、包括的なエコシステムが存在する台湾で最初に行われる必要がある」というのが彼女の論理だ。
台湾の戦略は明確である。
次世代技術(例えば2nmプロセスや、その先のA16など)の開発と量産を、まず台湾国内で成功させる。
その技術が成熟し、エコシステムが安定した段階で、合理的な範囲において米国などの海外拠点へと展開する。
この順序を逆転させたり、同時に並行させたりすることは、技術流出のリスクを高めるだけでなく、開発効率を著しく低下させる。台湾が主張する「不可能性」の根底には、技術の進歩は物理的な集積から生まれるという、製造業の本質的な経験則がある。
構造的な対立の先にある、現実的な着地点
米国は「安全保障のための分散」を求め、台湾は「効率と生存のための集中」を求める。この構造的な対立は、一朝一夕に解決するものではない。しかし、TSMCがアリゾナ州で1,650億ドルを投じて建設している工場群(Fab 21など)は、すでに現実として動いている。
重要なのは、40%という数字の達成ではなく、米国国内にどれだけ「実効性のある」サプライチェーンの一部を根付かせることができるかだ。鄭麗君は、台湾が持つ「産業クラスター構築のノウハウ」を米国と共有し、米国国内で同様の環境が整うよう協力する姿勢は見せている。
結局のところ、半導体製造は政治的な宣言だけで動かせるものではない。電力、水、人材、そして無数の専門サプライヤーが網の目のように絡み合った結果として、ようやく1枚のウェハーが完成する。台湾政府が示した「40%は不可能」という回答は、感情的な反発ではなく、グローバル経済が依存している複雑な供給構造に対する、冷静かつ冷徹な現状認識の吐露であると言えるだろう。
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