差別的言動報じず、「公平」を脱却
昨年10月の川崎市長選を巡り、神奈川新聞社は全6候補者のうち、宮部龍彦氏の主張などを他候補と同列に報じない対応を講じました。主張に著しい差別的言動が含まれ、選挙活動を利用したヘイトスピーチにほかならないと判断。デマや差別の拡散による人権侵害の重大性を踏まえ、有権者の選択肢として無批判で並べるよりも在日コリアンら外国籍市民を不当な差別から守ることを優先させました。
同氏は過去に被差別部落の地名リストを公表し、最高裁で敗訴した出版社の代表です。市長選では▽差別をなくすための施設「ふれあい館」の指定管理者を変えて中立性を担保する▽ヘイトスピーチ解消法の廃止─などを訴えましたが、いずれも差別されている側に問題があるかのように思わせ、在日コリアンの人たちをおとしめる狙いが明らかでした。
「ふれあい館」は地域に根強い在日コリアンを主とした外国人差別を解消するため川崎市が1988年に設置した公的施設です。運営は開設当初から地元の社会福祉法人・青丘社が担ってきました。市の公募に応じ、担当部署の審査と市議会の承認を経て指定管理者に選定されていますが、同氏は「指定管理者が事実上固定されています」と虚偽の主張を繰り返していました。
「ヘイトスピーチ解消法やヘイトスピーチに刑事罰を科す市条例は必要ない」との主張についても、法律や条例を心のよりどころとしているマイノリティーらを不安に陥れる言動にほかならないと判断しました。
神奈川新聞紙面やニュースサイト「カナロコ」では、主張については報じませんでしたが、名前や年齢、経歴などは他の候補者と同様に報じました。
報道に当たり何よりも重視したのは、地元紙として地域住民の人格や尊厳、安全を守るということです。
選挙活動を利用したヘイトスピーチを巡っては、かねて選挙報道の在り方が問われてきました。これまで神奈川新聞社ではヘイトスピーチを見過ごすことなく、厳しく批判してきたほか、とりわけ「選挙ヘイト」については悪質で悪影響が大きいことから、選挙期間中に候補者名を挙げて批判する報道を重ねてきました。
今回の川崎市長選でも、報道・評論の自由を大幅に認めた公職選挙法や、虚偽や事実を曲げたものでない限り、結果として特定の政党、候補者に利益をもたらしたとしても問題はないことを確認した日本新聞協会の統一見解や声明などを踏まえ、社内で慎重に議論を重ねました。
編集幹部や現場記者らのさまざまな意見を総括し、全候補を並列で扱う「量的公平性」から脱却して選挙を名目に人を傷つける自由は許さないこと、正確な報道を心掛けている中、誤った見方を広げないことを決めました。
前例のない報道には地元をはじめ、県内外から賛否の声が寄せられました。いただいたさまざまな意見を踏まえ、報道のあるべき姿を追い求めます。(統合編集局)
選挙悪用と戦う姿勢を
青山学院大学教授・大石泰彦さん

大石泰彦さん
選挙報道で候補者の扱いに差を付けることは法的に問題ないが、川崎市長選をヘイトスピーチに利用した候補を特別扱いしたことで、差別に対する新聞社の基本姿勢が問われることになる。他候補と同様に扱った他メディアに対しても批判するべきだった。地方紙には地域社会に対する責任がある。自由や人権を否定する言説と徹底的に戦うことを明確に示し、新聞業界全体の姿勢もただしながら記事を書いてもらいたい。
差別的な言論には大きく二つの考え方があり、一つはドイツやフランスのように自由の敵には自由を与えないという考え方だ。例えば被差別部落や在日コリアンなどに対し差別的言動をしている自由の否定者には、選挙という言論の自由空間を利用させないという考え。もう一つは、言論であればどのような主張にも自由を与えるという米国の発想で、「寛容な民主主義」とも言われる。
日本は基本的に米国型で、差別表現やヘイトスピーチなどの問題にきちんと向き合ってこなかったが、ヘイトスピーチ解消法の成立で状況が変わってきた。つまり、「暴力でなければどんな思想も自由」という考え方から、「ヘイトスピーチは存在を許さない」というドイツ的な考えに一歩踏み出したということだ。

大石泰彦さん
ところが、選挙をヘイトスピーチに利用するケースが出始めた。これは非常に厄介で、簡単に言論規制できない空間に逃げ込んだと言える。めちゃくちゃなことを言って、SNS(交流サイト)などで議論に影響を及ぼしている。
ゆえに神奈川新聞が直面している問題は、日本の将来に関わるものすごく大きな問題と言える。
選挙の自由は、表現の自由、あるいは人権の延長線にあるものだ。だから、それを否定する者が選挙を利用して差別的主張を流布する意図が明らかである場合、選挙だからといって皆同じように扱う必要はない。一方、立候補をなかったことにもするべきではない。
川崎市長選のように、ある候補の言動で人格的な自律性を脅かされている市民がいるとすれば、形式的に他候補と平等に扱うことはその候補の言動にお墨付きを与えることにつながる。

大石泰彦さん
選挙を利用したヘイトスピーチが、あたかもまともな主張だと思われた場合、地元紙の責任を果たせるのか。川崎の在日コリアンなど微妙なバランスで保たれている地域社会に乱入して無遠慮にぶち壊そうとすることに対し、地元紙は怒らなければいけない。
新聞には選挙報道で評論規制を受けない「特権」がある。この特権を正当化するには、特権を受けるに値する記者が普段から差別に対する厳しい姿勢を示すことが論理的な根拠になる。身内の新聞業界には甘いにもかかわらず、選挙でいきなり正義を振りかざす姿勢では共感を得られない。
地域社会で生き、地域社会を支えることは地方紙の使命だ。選挙という自由空間を悪用して自由や人権を否定する言説にはくみせず、不正義には加担しないという意思をより明確に示すことが必要だ。
おおいし・やすひこ 東洋大学社会学部教授などを経て2006年4月から青山学院大学法学部教授。専門はメディア法、メディア倫理。主に日本における「取材・報道の自由」の構造と問題点について研究しており、22年4月から所属する同大法学部ヒューマンライツ学科では、「現場」に立脚する新しい法学教育の開発・実践に取り組んでいる。「メディアの法と倫理」(嵯峨野書院)、「メディア報道の四半世紀」(成文堂)など著書多数。
差別を批判し、公正な選挙へ
弁護士・師岡康子さん

師岡康子さん
差別とは、人の属性を理由に攻撃することを意味する。例えば外国籍の人や性的マイノリティー、障害者。属性をひとくくりにした偏見に基づく発信(ヘイトスピーチ)を放置すれば、それは差別の加担に当たる。川崎市長選では報道機関も問われたといえる。
選挙に乗じたヘイトスピーチが増える中、報道機関が差別やデマを批判することは非常に重要だ。候補者の発信は税金を使う公的なものであり、影響力は大きい。報道機関が差別的主張を一つの「意見」として並列に報じてしまえば、多くの市民は「デマ」や「差別」とは疑わず、一つの「選択肢」になってしまう。報道機関が差別を拡散していることになる。
報道機関はデマで差別をあおるような候補者を取り上げなかったり、その主張を批判的に報じたりすることで、公正な選挙を守ってもらいたい。川崎市長選をヘイトスピーチの場に利用した候補者を他候補と同列に扱わなかったことは先進的な取り組みだった。
日本が加盟する人種差別撤廃条約に基づく国連の勧告では、報道機関などが差別の扇動に加担するようなことをしてはいけないとされている。さらにヘイトスピーチ解消法では「国民は本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」と定めている。差別的な発言をする候補者を扱わない、あるいは言動を批判的に報道する対応は、法的な根拠があると言えるだろう。

師岡康子さん
一方、他メディアは続かなかった。選挙報道において候補者の主張を、量的に等しく報じなければならないとの原則があるかのように捉えているのではないだろうか。
公職選挙法はしかし、選挙に関する報道や評論について、掲載する自由を妨げないとしている。つまり虚偽や事実を歪曲(わいきょく)したものを記載してはならないが、形式的に平等に扱うことは求められていない。何をどう掲載するかは報道機関に自由があるということだ。日本新聞協会も、政党の主張や候補者の政見などに対して支持や反対を評論することは制限を受けないとする統一見解を表明している。
特定の候補者の主張を報じないことは、憲法が保障する「表現の自由」に反するという批判もある。だが「(表現の自由は)不可欠な基本的人権であり、民主主義社会を基礎付ける重要な権利」としつつも、「無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあるというべき」とする最高裁の判例もある。表現の自由を盾に候補者が何を発言しても良いというわけではない。
ヘイトスピーチは外国籍の人たちを苦しめてきた。とりわけ選挙においては、外国籍住民は選挙権がないにもかかわらず、わざわざ外国籍住民の集住地で演説したり、外国人を差別する主張を記したポスターを掲示したりするなど、選挙を悪用してやりたい放題に行われてきた。外国籍の人たちはヘイトスピーチに出くわさないように選挙期間中は外出を控えるなど、とりわけ沈黙と不安と緊張を強いられてきた。川崎市長選の時も同様だった。
差別はマイノリティーの声を封じ込める。誰もが自分の意見を自由に平等に発言できる民主主義社会をつくる。その礎が公正な選挙であり、そのためには差別的言動を批判することが不可欠だ。新聞にはその実現に向けた役割が期待されている。他の報道機関も神奈川新聞に続いてほしい。
もろおか・やすこ 東京都出身。東京弁護士会所属。外国人人権法連絡会事務局長、国際人権法学会理事、早稲田大学非常勤講師などを務め、外国人の人権問題に詳しい。尊厳を踏みにじるヘイトスピーチに刑事罰を科す「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」(2019年制定)を評価し、政府に差別禁止法の制定を求めている。著書に「ヘイト・スピーチとは何か」(岩波新書)など。
【公職選挙法第148条(一部抜粋)】(新聞紙、雑誌の報道及び評論等の自由)
この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定(第138条の3の規定を除く。)は、新聞紙(これに類する通信類を含む。以下同じ。)又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。
【インターネットと選挙報道をめぐる一般社団法人日本新聞協会の声明】(2025年6月12日)
インターネットは誰もが自由かつ容易に情報を発信できる手段であり、公共的な議論や真摯(しんし)な意見表明に利用されている。インターネット選挙運動を解禁した2013年の公職選挙法改正は、インターネットを通じて国民の政治参加の機会が広がることを期待するものだった。
だが近年のインターネット空間では、偽情報や真偽不明の情報、暴力的な情報も流通し、生成AIによって情報を作成すること自体が一層容易になっている。さらに、いわゆるアテンションエコノミーのもとで刺激的な情報が拡散されやすくなっており、不正確な情報によって選挙結果が左右されることが社会的に強く懸念される事態となっている。本来こうした事態への対応は、情報が流通するプラットフォームの運営事業者が主体的に取り組むべき課題だが、十分になされているとは言い難い。
選挙は民主主義の根幹である。不正確な情報が選挙結果に強く影響することは民主主義の自壊を招きかねない事態であり、当協会はこれを深く憂慮する。
一方で、新聞・通信・放送といったメディアの報道について、「選挙の公正」を過度に意識しているとの批判がある。そこで当協会は、選挙報道に関して加盟各社が留意すべき原則を記した「公職選挙法第148条に関する統一見解」の内容を改めて確認した。統一見解は、選挙に関する報道・評論の自由を公選法が大幅に認めていることや、虚偽や事実を曲げたものでない限り、結果として特定の政党、候補者に利益をもたらしたとしても問題はないことを、判例等を含めて明らかにしている。
1966年に公表したこの見解について、当協会加盟各社は2025年の今日においても堅持すべきものであるとの認識を改めて共有した。放送についても同法151条の3において同様の趣旨が規定されており、これらのルールは現在も変わっていない。
事実に立脚した報道により民主主義の維持発展に貢献することは、報道機関の責務である。当協会の加盟各社は統一見解を念頭に、インターネットを取り巻く現状を踏まえて選挙報道の在り方を足元から見直し、国際的なファクトチェックの手法なども参照しながら、有権者の判断に資する確かな情報を提供する報道を積極的に展開していくことを確認する。
