
韓国の食文化をテーマに話すユ・イエソルさん(右)=10月25日、熊本市北区
熊本国際民芸館(熊本市北区)は今年、開館60年を迎えた。1世紀前に国内で始まった「民芸運動」の流れをくみ、普段使いの品に美しさが存在するという「用の美」を熊本で着実に伝えてきた。「国際」の名の通り、国内だけでなく海外の民芸品を所蔵・展示しているのが特徴だ。民芸館を支えてきた人たちの思いと歩みを振り返る。
「今は家庭にキムチ専用の冷蔵庫があるけれど、昔は地中にかめを埋めていました。温度が一定になりやすいんです」。10月25日に民芸館であったトークイベントで、韓国人で崇城大大学院修士2年のユ・イエソルさん(34)がふるさとの食文化を紹介した。キムチのつぼや金属製の食器の変遷…。集まった約30人は隣国の食生活を想像しながら、各国の食器類が並ぶ館でじっくり聞き入った。
館が所蔵するのは、初代館長で染織家の外村[とのむら]吉之介(1898〜1993年)が国内外で収集した約2千点。外村は民芸館の前途についてこう語っている。〈海外の諸国とも広く交流して、各地の民藝館活動とたづさえ合い、品物や印刷物の交換、相互の交換展観なども試みたい〉(『熊本民藝第一、二号』)。人々が民芸品を〝共通言語〟に、県境や国境といった垣根を越えてつながる姿を描いているようだ。
「民芸」は「民衆的工芸」の略称で、思想家の柳宗悦[やなぎむねよし]や陶芸家の河井寛次郎らが、ちょうど100年前に生んだ言葉である。当時、民衆が使う日常品は「下手物[げてもの]」と呼ばれ、希少で高価な「上手[じょうて]物」と比べて価値が低いといった意味合いがあった。そうした中で柳らが提唱したのは、人々の暮らしを支える品々に美しさを見いだす価値観であった。その斬新な見方は、民芸運動となって広がっていく。
国内の民芸館の歩みは『民藝の世紀』(淡交社)に詳しい。戦前に日本民藝館(東京)など4館が誕生。戦後は48年から83年にかけて岡山県倉敷市や鳥取市、長野県松本市、富山市など国内19カ所に造られ、民芸ブームが巻き起こる。熊本の民芸館もこの最中に生まれた。外村は倉敷民芸館の初代館長でもあった。
日本民芸協会の機関誌『民藝 629号』によると、外村は柳の思想に共鳴し、広島県や鹿児島県など西日本で新たな民芸館の候補地を探していた。九州の中心である熊本に建設地をしぼり、文化人の後藤是山や元熊本市議会議長の阿部次郎らの協力を得て、立田阿蘇三宮神社隣の市有地に決めたという。
民芸館は外村自ら設計。現場近くの納屋に泊まり込んで、現場を指示したという。岡山県の酒造庫と造船納屋を解体した建材を使い、木造2階に仕上げた。「外村さんは竹かごや水がめなど民芸品を手に取っては、膝をたたきながら楽しそうに民芸品の良さを教えてくれた」。前館長で陶芸家の井上泰秋さん(84)=荒尾市=は、陳列作業を手伝った当時を懐かしむ。(井田真太郎)
