私達の目には見えませんが、空気中には多くの微生物が飛び交っています。
こうした空気中に存在する微生物「大気微生物」は人類にとって最も身近な微生物であり、私達の健康にも少なからず影響を与えています。さらに、近年の研究では地球の気候、物質循環、そして生命の誕生と進化にまで大気微生物が貢献している可能性が明らかになってきました。
そんな「見えざる小さな巨人」、大気微生物とは一体どんな生き物なのでしょうか?
その正体に迫ったブルーバックスの『空飛ぶ微生物』から、興味深いトピックの数々をご紹介していきましょう。
砂漠は生命活性の低い環境ですが、じつは、ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の春から夏にかけては、モザイク状ではあるものの緑の草原や、水鳥たちが集う湖が出現します。こうした夏の生命の痕跡が、黄砂となって、微生物たちを日本にまで運ぶ移動手段となるのです。いったい、どういうしくみなのでしょうか。
今回は、砂漠という過酷な環境と、そこで生じる微生物たちのミックスジュースとも言える黄砂のできるしくみを解説します。

*本記事は 『空飛ぶ微生物』 (講談社・ブルーバックス)の内容を、再構成・再編集のうえ、お届けします。
黄砂の発生源、砂漠の環境
中国大陸内陸部のゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の砂塵が、偏西風に乗って日本に飛来すると黄砂になります(図「タクラマカン砂漠とゴビ砂漠から飛来する黄砂」)。
また、アジア都市部の工場や自動車から生じる人為起源の粒子は、視程を悪化させ、煙霧(えんむ。スモッグ)を引き起こします。こうした黄砂や煙霧は、前々回の記事で紹介したように大気微生物を運ぶ「箱舟」となって、ユーラシア大陸から大気微生物を運んできます。
黄砂の発生源となる砂漠は、森林や海とは相反し生物活性が低い環境ですが、大気微生物は、砂や土から生じるばかりでなく、植物からも発生します。
タクラマカン砂漠とゴビ砂漠から飛来する黄砂「乾燥した砂なら、飛ばされやすい」の間違い
ゴビ砂漠では、夏には下草のアルテミシア(ヨモギ)や低木のニトラリアなどの草原が広がり、植物を餌とする野生動物が生息しています。ゴビは、モンゴル語で「礫(れき)が散らばった草がまばらに生えた荒地」を意味します。その名の通り、ゴビ砂漠には、砂や礫が主な荒地と下草が覆う草原が、モザイク状に広がっています。
ゴビ砂漠に生息するラクダやヒツジ、ヤギなどの大型動物は、数mおきに糞を地面に排泄します。こうした糞も大気微生物の発生源になります。ちなみに、ゴビの人々は、動物の糞をトラックで荷台いっぱいに回収し、居住地のゲルで暖をとる燃料として消費しています。草食動物の糞は、植物繊維を多く含み、砂漠ではすぐに乾燥するため、不潔感も少なく臭いもほとんどありません。
糞の植物繊維は微生物によって徐々に分解され、細分化されると、空気中を舞い、微生物を伴うバイオエアロゾルになります。また、夏に生えた下草も、冬には枯れ草になり、やはり粒子化すると空気中に飛散します。よって、砂漠の空気中には、砂だけでなく、植物や糞に由来する有機物粒子も多く漂っています。
下草の草原がモザイク状に広がる夏のゴビ砂漠。やがて冬になると、下草は枯れり、粒子化して空気中に飛散する photo by gettyimages
ただし、風が強い砂漠であっても、砂や糞、枯れ草の粒子が地面を離れ、空気中を舞う砂塵になるのは簡単ではありません。そもそも、砂塵を構成する大気粒子は数μmと小さく、元の大きな固まりが細分化され、空気中を舞う必要があります。
ゴビ砂漠の地面は、数μmの粘土質の微小粒子で形成されているのですが、サラサラの状態ではなく、乾燥によって石膏ボードのように固まっています。少し風が吹いたくらいでは、空気が濁るほど地面から微小粒子は舞い上がりません。
干からびた糞は、大きめのマカロンのように硬くなり、低密度で軽く蹴るだけで数m先まで転がります。ただし、風だけでは、大きくて固い糞は、空気中へと浮き上がりません。では、どのようにこれらの塊は粒子化しエアロゾルとなるのでしょうか。
風で飛ばされた砂や小石が、地面を削る
それでも、砂塵が生じるには、やはり風は必須です。傘をさして歩くのが苦しいくらいの風速10m以上の強い風が求められます。さらに風に加えて、数mmから1cmくらいの砂利や小石が砂塵発生の鍵となります。
砂塵が生じ始めると、地表面を砂や小石が蛇行しながら転がるのが見られます。この蛇行する砂の勢いは強く、脚のすねなどに直接当たると、モデルガンで乱射されたような痛みを受けます。そのため、砂漠で半ズボンをはいて、すねを出すのは厳禁です。これら大きめの砂や小石は、強風で舞い上がりませんが、地面の凹凸に当たると、数十cmほどの高さまで跳ねます。
砂塵が舞うゴビ砂漠 photo by gettyimages
跳ね飛んだ砂や小石は、着地する時の衝撃で固まった地面を削ります。この時に、粘土質の微小粒子が煙のように霧散するのです。
舞い上がった粘土の微小粒子は、数μm程度と小さく、再び地面に落ちることなく、風にのって大気中を漂い、上空にまで運ばれていきます。こうして、微小粒子で空気が満たされ、砂塵が濃くなっていくのです。
