
ベトナムでの工場建設の起工式に参列する川邊さん(前列左、1996年撮影)=本人提供八ちゃん堂創業者 川邊義隆さん〈7〉
冷凍たこ焼き事業は大成功を収め、1995年2月期決算で売上高が10億円を超えるまでになった。しかし、満足することなく次の仕掛けを考えている時、現在の福岡県みやま市の工場周辺に広がるナス畑が目に留まった。「ナスは和食でも洋食でも使われている。焼きナスも冷凍食品にすれば売れるのでは」
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試しに会社の給湯室でナスを焼いて冷凍し、電子レンジで解凍して食べてみると香ばしくておいしい。社員からは「たこ焼きが売れているのに、なぜ?」と驚かれたが、すぐに商品化を決めた。再び自ら営業に回ると、今度は東京の老舗高級ホテルの料理長の目に留まる。「これは使える」と太鼓判を押され、その言葉通り、販路は広がり始めた。 だが、喜びはつかの間だった。仕入れや人件費が重しとなり、売れば売るほど会社の利益を圧迫するようになったのだ。そこで、考えたのが人件費が安い東南アジアへの進出だった。現地に工場を作り、栽培から製品化まで一貫して行う計画を打ち立てた。 英語が堪能な次男と一緒に東南アジアの国々を巡り、気候や土壌、日本への輸送コストを検討。最終的に、年間を通じて好天が多く、工業団地が積み出し港近くに整備されたばかりのベトナム・ホーチミンに畑と工場を作ることに決めた。96年には現地法人「八ちゃん堂ベトナム」を設立した。 当時、ベトナムに進出している日系企業は少なく、情報不足に気をもんだ。しかし、「親日国で誠実な国民性だったため、無事に前進できた。日本への信頼の厚さから人も集まってくれた」と振り返る。 稼働後は日本から社員を派遣して常駐させ、農薬の使用状況や衛生面を徹底的に管理。焼き上げた直後に皮をむいて冷凍し、コンテナ船で日本に輸送した。使い勝手の良さから飲食店を中心に需要を伸ばし、今では年間1600トンが国内のレストランや居酒屋、病院の給食などで使われている。 常務の近藤秀樹さん(52)は語る。「『こういう未来にする』という明確な展望を持ち、行動力もすさまじい。従業員も一緒に突き進むことで、冷凍のたこ焼きも焼きナスも売り上げを大きく伸ばしていった」
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