大阪市東住吉区で約60年続く銭湯で今月、富士山の銭湯背景画(ペンキ絵)が7年ぶりに描き替えられた。手がけたのは国内に数人とされる銭湯絵師で、現代の名工の中島盛夫さん(79)(東京都練馬区)。銭湯の愛好家ら約80人が見つめる中、約5時間で男湯と女湯にそれぞれ見事な富士の絶景を描ききった。(北島美穂)
完成した女湯の銭湯背景画の前で観客からの質問に答える中島さん(大阪市東住吉区で)
男湯には駿河湾と富士山の構図で描かれた(大阪市東住吉区で)
描き替えが行われた「みどり温泉」では、男湯と女湯にそれぞれ、縦2メートル、横3メートルのペンキ絵が1枚ずつ飾られてきた。 創業当初は絵はなく、白いタイル張りの壁だった。「常連客が毎日眺める壁だから、銭湯らしい富士山の絵でホッとしてもらいたい」と考えた3代目店主の西村善博さん(51)が2003年、壁にキャンバスとなるステンレス板を設置し、初めて中島さんに制作を依頼した。描き替えは今回で4回を数える。 中島さんがペンキ絵の道に進んだのは1964年のこと。働いていた都内の工場近くの銭湯のペンキ絵に「あんな絵を描きたい」と憧れた。新聞広告に見習いの募集を見つけ、絵師に弟子入りした。 ペンキ絵の代名詞と言えば富士山。20~30代の頃、日曜日の度に富士山へ足を運んでは写真を撮り、スケッチをした。「峰が一つの珍しい独立峰で、末広がりな地形が縁起が良く美しい」とその姿に魅せられ、国内外で描いた富士山は1万枚を超える。 中島さんは15日午前10時、ペンキ絵の前に組まれた足場に上って制作を開始。パレット代わりのちりとりに落としたペンキは赤、青、黄、白のわずか4色。これらをたくみに調合して、微妙な色彩を生み出す。 銭湯絵師は仕事の速さも肝心で、下絵もほどほどにローラーやハケ、大小の筆を使い分け、ためらいなく描いていく。時折、足場を下りて全体のバランスを確認。1時間ほどの休憩を挟んで午後4時頃、女湯に山梨県の河口湖、男湯には静岡県の駿河湾に富士山が浮かぶペンキ絵を完成させた。 「男湯はハケのかすれで白波を描いて荒々しさを、女湯はなだらかな峰の富士で女性的な柔らかさを表現した。今日の作品も一番の出来」と満足顔の中島さん。観客から「家の壁にも描いてもらえますか」と尋ねられて、笑顔で「描きますよ」と答えた。 高校生の頃からみどり温泉に通い、今も月2~3回訪れる同市阿倍野区の沼田准さん(37)は、前回の2017年の描き替えも見学し、「新しい絵を見ながら湯につかるのが楽しみ」と笑顔だった。◇ 庶民文化研究家の町田忍さん(74)によると、ペンキ絵は大正元年、東京都千代田区の「キカイ湯」に静岡県出身の画家が富士山を描いたのが始まりとされる。関東では富士山が身近なこともあり、ペンキ絵のモチーフに多く描かれたが、関西で富士山は少数派だという。銭湯客減少に拍車 銭湯を取り巻く状況は厳しい。全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会によると、組合に加入する全国の銭湯は4月時点で1653軒と、ピークの1968年の1万7999軒の1割弱に減少。自家風呂の普及で需要が減り、府内でも今年5月1日時点で263軒を数えるだけだ。 近年はコロナ禍で客の減少に拍車がかかり、燃料費の高騰が経営を圧迫する。今やペンキ絵を観賞できる銭湯は希少な存在だが、みどり温泉の西村さんは「新しいペンキ絵をきっかけに、新しい利用客やペンキ絵師の後継ぎが生まれたらうれしい」と願う。
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