最近の私は、自分の知りたいことは、自分では分からないのではないかと思っている。もっと言うと、自分が「知らない」ことすら分かっていない。大抵のことは、「そのことについて知らなかった」ことを、知った後で理解する。そして、「意識もしなかったけど、このことについて知りたかった・知ることができてよかった」と思う。
[空想書店]言葉生い茂る 人生導く庭…3月の店主は相川七瀬さんです
たとえば。
唐代の漢詩人・白居易が無二の親友・
元稹(げんしん)
を失った後、どのような詩を作ったのか。
地球と月の重力の釣り合いで力学的に安定な「ラグランジュ点」は、全部でいくつあるのか。 サボテンの木質部で作られた楽器は、どのような音がするのか。 ドイツ語では、単語によって過去形などがどう変化するのか違うけれど、新しい言葉(「いいね!する」を意味するliken)は、どのように変化させるのか。
これらのことは、正直、知ったところで特に何の役にも立たないかもしれない。生活にすぐに
活(い)
かせないから、あっという間に忘れてしまうかもしれない。それでも、これらのことを「知ることができてよかった」と思うのは、知識そのものを愛しているからだ。即効性のある言葉にうんざりしている、というのもあるけれど。
「グノーシア」という、宇宙を舞台にしたゲームがある。そこに出てくるラキオという人物は、超階級社会で育った。プレーヤー(私)を小馬鹿にしてくるけれど、ラキオの「知」への
真摯(しんし)
な姿勢が好きで、「なんてかわいげがないんだ」と思いながらもずっと好きなキャラクターだ。いくら尊大な人間でも、前にしたときに膝をつく。知とは、どんなに小さく見えても、自分とは関係ないように見えても、等しく圧倒的なものだ。
私の空想書店の名「サピオ」は、ラテン語で「賢明である」という意味だ。店主の私やお客さんが賢明でなくても(あえて言い切るが)、もちろん構わない。そして、「食事を味わう」という意味もあるから、土井善晴さんやウー・ウェンさんの本も置くだろう。知ることと食べることは、生きることだと感じるから。 私は歌人で、短歌も俳句も川柳も、最近は漢詩も作るけれど、「サピオ」を開くなら短詩に限らず、さまざまな本を置きたい。しかし、「サピオ」に置くべき本に、私はまだ全然出会っていない。気づいてすらいないのだから、いくら空想とはいえ開店には時間がかかるだろう。=寄稿=◇ 丸善丸の内本店(JR東京駅前)の3階で、近日中に榊󠄀原紘さんの「空想書店」コーナーが登場します。
榊󠄀原紘
(さかきばら・ひろ) 1992年、愛知県生まれ。奈良県在住。歌人。笹井宏之賞大賞を受賞、歌壇賞次席。2020年に第1歌集『悪友』、23年に第2歌集『koro』を刊行。近著に『推し短歌入門』。短詩集団「砕氷船」の一員。
店主の1冊『いつかたこぶねになる日』(小津夜景著、新潮文庫、693円)
エッセーと漢詩と俳句の本。「ものを見るとは、現象と意識とのあいだに、ひとつの水鏡をかかげることなのかもしれない」など、はっとする言葉がたくさん。
『銀河の片隅で科学夜話』(全卓樹著、朝日出版社、1760円)
22編の、物理学者のとっておきの話。寝る前に読むと壮大な夢を見そうで、今のところ昼に読み返している。
『サボテンはすごい!』(堀部貴紀著、ベレ出版、2420円)
「何がそんなにすごいか、教えてもらおう」という気持ちで買ったら、本当にすごかった。皆さんもご確認を。
『造語法で増やすドイツ語ボキャブラリー』(森涼子著、白水社、2200円)
前や後ろに言葉がつくことで、別の単語になっていく。言葉は生きていて、パズルめいている。
『一汁一菜でよいという提案』(土井善晴著、新潮文庫、935円)
お
味噌汁(みそしる)
は懐が深いから、何を入れてもいい。それが
嬉(うれ)
しい。塩
麹(こうじ)
を少し加えると、
美味(おい)
しいのはここだけの秘密。
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