爆撃で廃虚と化していく都市、
瀕死(ひんし)
の子供たち、産科病棟の爆撃、集団墓地――。ロシアによるウクライナ侵略により孤絶状態に陥った南東部の都市マリウポリの惨状を記録した映画「マリウポリの20日間」が4月26日から、全国で公開される。侵略開始の日にAP通信取材班として現地入りしたウクライナ人ジャーナリストたちによる
渾身(こんしん)
の記録で、今年3月には米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞。ウクライナ映画初のアカデミー賞受賞作となった作品でもある。過酷な現実を直視するのは容易ではないが、この映画から目をそらすわけにはいかない。(編集委員 恩田泰子)
取材班の姿。「マリウポリの20日間」から= (C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation取材班の姿。「マリウポリの20日間」から= (C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation

 大きなおなかの妊婦が、見るからに深刻なけがを負って担架で運ばれていく。22年3月、空爆されたマリウポリの産科病院から搬送される女性の姿をとらえた映像と写真は、ロシア軍による無差別攻撃のむごさを世界に伝えた。その光景をとらえたのが、本作の監督であるビデオジャーナリストのミスティスラフ・チェルノフら、ウクライナ東部出身のジャーナリストたちによるAP通信の取材班だ。「マリウポリの20日間」から。2022年3月9日、写真家のエフゲニー・マロレトカが、空爆後にマリウポリ市内の産科病院から立ち上る煙を指さしている=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation「マリウポリの20日間」から。2022年3月9日、写真家のエフゲニー・マロレトカが、空爆後にマリウポリ市内の産科病院から立ち上る煙を指さしている=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation 映画は、戦渦にのみこまれていったマリウポリで、チェルノフが見たこと、命がけで報じたこと、そして、脱出を果たすまでに体験したことを、映像と彼自身の言葉とともにたどっていく。 ロシアによるウクライナ侵略が始まった日、彼は、同僚でビデオジャーナリストのワシリーサ・ステパネンコ、写真家のエフゲニー・マロレトカとともに、マリウポリに取材に入った。巨大な港を持つ工業都市にしてクリミアにも近い要衝。ロシアが戦略上、重要な目標とみなすだろうと考えたためだ。実際、その通りになったが、チェルノフらは一つ、思い違いをしていた。民間人は攻撃されないと考えていたのだ。 マリウポリ到着からほどなくして民家が爆撃される。住民は、戦火にさらされる。電気や水道、食料や医薬品の供給、そして逃げ道が断たれていく。ほかの国際ジャーナリストたちが脱出した後も、チェルノフらは取材を続け、包囲された都市に閉じ込められながらも、戦禍の中のマリウポリの現実を世界に伝えようとする。「マリウポリの20日間」から。2022年3月9日、空爆被害を受けた産科病院から運び出される妊婦。別の病院に搬送されたが助からなかった=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation「マリウポリの20日間」から。2022年3月9日、空爆被害を受けた産科病院から運び出される妊婦。別の病院に搬送されたが助からなかった=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation チェルノフはある局面で「撮影を続けても事態は変わらない。むしろ悪化する一方」だという心境に陥ったと語るが、それでも「この惨状を世界に見せてほしい」という人たちが、マリウポリにはいた。本作は、侵略下の悲惨な現実を記録し、伝えるとともに、報道の役割を照らし出す映画でもある。「マリウポリの20日間」から。2022年3月11日、ロシア側戦車に攻撃されたアパート=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation「マリウポリの20日間」から。2022年3月11日、ロシア側戦車に攻撃されたアパート=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation チェルノフらAP取材班のマリウポリ報道には、2023年のピュリツァー賞(公益部門)が贈られた。そして本作は、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した。 チェルノフは、3月のアカデミー賞授賞式でのスピーチで、トロフィーであるオスカー像を手に「これはウクライナ初のオスカー。とても光栄です。とても光栄ですが、私は『この映画を作らずに済めばよかった』などとこの檀上で言う、おそらくは最初の監督になるだろう」と語った。「これ(オスカー)を、ロシアがウクライナ侵略をしない、私たちの都市を占領しない姿と取り換えられれば、と思う」とも。「マリウポリの20日間」から。2022年3月6日、マリウポリ市内のユースシアターで避難生活をする人々=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation「マリウポリの20日間」から。2022年3月6日、マリウポリ市内のユースシアターで避難生活をする人々=(C)2023 The Associated Press and WGBH Educational Foundation そして、こう続けた。「しかし、私に歴史は変えられない。過去を変えることもできない。でも、私たちとあなた方が力を合わせれば、歴史を正しく記録し、真実を明らかにし、マリウポリの人々や命をささげた人々が決して忘れ去られないようにすることができる。なぜなら映画は記憶を形成し、記憶は歴史を形成するからだ」。観客もまた、歴史を形作るのだ。

「マリウポリの20日間」
(原題:20 Days in Mariupol)=2023年/ウクライナ、アメリカ/上映時間:97分/配給:シンカ=4月26日から東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

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