アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

沖縄テレビ放送(OTV)の植草凜(うえくさ りん)アナウンサーのリアルな体験談をお届けする連載企画。

第3回となる今回は、沖縄での「暮らしと人」をテーマにお届けします。
夫婦そろって関西出身、知り合いがほぼゼロの状態で始まった沖縄生活。そこからどのようにして、家族ぐるみで本音を語り合えるコミュニティが広がっていったのでしょうか?
「沖縄のことが本当に好きになれた」と実感したエピソードとともに、誰もが子どもを大好きでいてくれるこの島で、植草アナが日々感じている豊かな子育て環境や沖縄の人々との日常を紹介します。

目次:アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03
・知り合いゼロを救ってくれた、こども園の繋がり
・誰もが子どもを大好きでいてくれる、島の優しさ
・移住者同士の輪と、取材先での出会い
・関西弁と方言が混ざり合う、海と公園の休日
・沖縄の優しさの背景にあるものとは?
・アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.01

知り合いゼロを救ってくれた、こども園の繋がり

アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

私が2019年に沖縄にやってきた当初は、この島に頼れる知り合いや友人は「ほぼゼロ」に近い状態からのスタートでした。
そんな孤独とも言えるスタートでしたが、私の生活をガラリと変え、人の輪を爆発的に広げてくれた最大のきっかけは、何と言っても「子ども」の存在でした。子育てというライフイベントが、沖縄での人間関係を大きく広げてくれたのです。
沖縄に来た最初の3年くらいは、保育園に子どもを預けていませんでした。そのため、園のコミュニティに属することもなく、仕事が休みの日は長男の手を引いて、近所の公園へ通っていたのです。

アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

その公園こそが、私たちの最初のコミュニティになりました。
毎日、同じ公園で顔を合わせる地元の保護者の人たちがいるわけです。最初は「こんにちは」と挨拶を交わす程度でしたが、沖縄の人たちは壁がなくてフレンドリーなので、向こうから喋りかけてくれるんですよね。子どもに対してもそうですし、親である私や妻に対しても、ごく自然に、フランクに言葉を交わすうちに、すぐに仲良くなっていきました。

そして、3歳頃になって長男が入園することになったこども園が、これまた信じられないほどフレンドリーで温かい場所だったのです。そこで出会った家族の皆さんが素晴らしい人たちばかりで、そこでの出会いが私たちの生活をさらに賑やかにしてくれました。
今年の3月にこども園を卒園したのですが、そこで仲良くなった家族のなかに、小学校も同じになった家族がいました。そこからさらに距離が縮まり、今では家族ぐるみで本当に温かく付き合っています。何かあればいろいろな場所へ誘ってくれるような、心強い存在です。

アナウンサーが語る”沖縄移住”Vol.03:頼れる人はほぼゼロだった。植草アナの生活をガラリと変えた「子どもの存在」

前回の記事、ポークカレーのところでお話しした、総勢5家族ほどで大きなコテージに泊まったというのも、まさに最近の出来事です。頻繁に集まっては、賑やかで楽しい時間を過ごしています。
移住して最初の2〜3年は、沖縄で新しく出来た知り合いと一緒にどこかへ泊まりがけの旅行をするなんて、想像もしていませんでした。しかし、ここ最近になって、沖縄の心許せる知り合い、家族同士で本音で付き合える人たちがどんどん増えていったことで、週末のたびに楽しいイベントがたくさん増えていきました。
知り合いが誰もいない孤独な状態から、こうやって人の輪がじわじわと広がっていき、家族ぐるみで誘い合える心許せる人が増えた分だけ、比例するように「あ、自分は今、沖縄のことが本当に好きになれているな」という実感を、移住して丸7年経った今、ものすごく強く噛み締めています。

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