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大きな湯船に体を沈めると、広島の銭湯ならではの3つの段差があることに気づく。所々剝げた壁のタイルは、重ねた歳月を物語る。昭和初期の創業という広島市東区の「三本松湯」は、昭和20年8月6日に投下された原爆を耐え抜いた。店を支えるのは3代目の高土志朗さん(73)ら親子。さまざまな苦難を経た「地域の湯」はこれからも歴史を刻んでいく。
広島駅から東に約1キロ、住宅や商店などが並ぶ一角にある三本松湯。その歴史は、高土さんの祖父・一三(かずそう)さんの代にさかのぼる。建設業を営んでおり、「広島市内のほとんどの風呂屋を造り、山陰の方にも行っていたらしい」(高土さん)。銭湯近くにあり、豊臣秀吉ゆかりと伝わる3本の松が名の由来だ。
昔ながらの雰囲気を残す番台=広島市東区
番台に座る妻の慶子さん(69)は、原爆で焼け出された人々が銭湯に避難したという話を、義母の冨美子さんから伝え聞いた。「近くにあるマンションから先、広島駅の方はむちゃくちゃだったらしい」。銭湯は爆心地から約3キロ。広島市が46年にまとめた「広島原爆戦災誌」は、隣接する愛宕(あたご)町地域の家屋被害を「全壊約九〇%」と記す。銭湯の東側の壁は、その頃のまま残っている。
先代の父、明さんから「継がなくてもいい」と言われていた高土さんだったが、約30年前、決意を固める出来事があった。
家族で車で出かけた際、交通事故に遭い、重傷を負った。命に別条はなかったものの長期間にわたり銭湯を閉めざるを得ない状況に。それでも、けがの程度が軽かった父は営業再開に向けて店に戻り、げた箱に新たに鍵を取り付け、床を磨くなどの作業を重ねた。
「銭湯がきれいになっとるんじゃけぇ、辞めようがない」。当時の光景を、高土さんはそう振り返る。
10年余り前には銭湯の心臓部ともいえるボイラーが故障。復旧には多額の費用がかかる。存続の瀬戸際に立たされたが、慶子さんが「70歳まで頑張ろう」と声をかけ、借金をしてかつてより小型のボイラーを導入。家族一丸となって乗り越えた。
背中を押したのは常連客たちの言葉だ。「ここのお風呂が好きなんよ」「風呂屋は文化じゃけんね」。市内の銭湯が相次いで廃業する中でも、足を運んでくれる人がいる。「そうした人たちの支えになりたい」と慶子さんは語る。
昨年2月には、長男の純明(よしあき)さん(36)が駐車場にコーヒースタンド「サンボンマツコーヒー」をオープン。午前中に風呂掃除を終え、スタンドに向かう。「銭湯の経営を知らない状態で、将来を決めるのは良くない」との思いからだ。
原爆の被害を受けた壁(左)とコーヒースタンド=広島市東区
大手コーヒーチェーンでの勤務経験を生かし、香り高いコーヒーを提供。「白バラ牛乳」のバニラアイスにエスプレッソをかけた「アフォガード」は甘さと苦さが調和した逸品だ。
歴史ある店の行く末について高土さんは「無理はせんでええが、できるならやってほしい」と願う。
真剣に考えても簡単に結論は出ないが、純明さんは「地域の方々が使いやすい形にしながら、銭湯とスタンドの2つで利益を出せるようにしていければ」と応える。老舗銭湯とコーヒースタンドにかかわりつつ、理想の姿を追い求める。
銭湯の敷地内でコーヒースタンドを構える高土純明さん=広島市東区
筆者:藤崎真生(産経新聞)
■三本松湯 広島市東区尾長西1の5の7。営業時間は午後4~10時。水・土曜定休。入浴料は大人(12歳以上)500円、6歳以上12歳未満200円、6歳未満100円。JR広島駅に近いため、夜行バスの乗車前に立ち寄る人もいるという。コーヒースタンドの営業時間は平日午前11時~午後6時。土曜午前10時~午後5時。水・日曜定休。「白バラ牛乳のアフォガード」、夏季限定「サマーブレンドコーヒー」(アイス)、すっきりとした酸味と苦みが魅力の「サイフォンコーヒー」(ホット)などが人気だ。
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2026年8月9日産経ニュース【銭湯こぼれ話】を転載しています
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