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 この写真は、5月10日(日)の旧香川県立体育館の状況である。

 日曜日なので、重機は動いていないが、外構が無惨に破壊されつつある状況は、かつての姿を知る人間にはかなり胸が痛い。四国に行くのでひと目見ておこうくらいのつもりで見に行ったのだが、この状況を見たら「建物の形がある限り書く義務がある」と思えてきた。

大通りに面した西側。ここから左回りにぐるっと一周してみる

外構の解体工事は北側(海側)から進められている。築山の一部が切り崩され、石畳のようだった特徴的な床ブロックはほとんどない

北側の池は水が抜かれ、解体が進む

東側はまだ手付かず。インパクトのある側から工事を始めたか

南側の池はまだ残っていた

 念のため言っておくが、筆者は、再生を目指して香川県との裁判を進めている「旧香川県立体育館再生委員会」のメンバーではない。何度か取材をしているので、中心メンバーと面識はあるが、どの記事も彼らに言われて書いているわけではない(今回も勝手に見に行ってきた)。

 この建築のことに限らず、今後増えるであろうモダニズム建築やポストモダニズム建築の行末に強い関心(懸念)を抱いている。だが、何がなんでも全てを残して使い続けるべきとは思っていない。そういう方向に社会をシフトするならば「壊してはいけない法律」あるいは「残した方が大きく得をする法律」をつくるべきで、現状の「建て替え前提法規」の下でそれを目指すのはあまりにも徒労過ぎる。

 それなのに、なぜこの旧香川県立体育館についてだけ何度も書くのか。自分自身に問いかけてみると、3つの理由に行き着いた。

(1)文化的な価値が突出して高い。

 1964年に丹下健三+都市建築設計研究所と集団制作建築事務所の設計で完成したこの建築は、同じ年に丹下の設計で完成した吊り構造の傑作、「国立代々木競技場」の兄弟建築。あるいは“プランB”である。片や代々木が世界遺産登録を目指しているなか、もう一方の香川を日本人が壊そうとしているのは世界の信頼を失う。いずれ代々木が世界遺産に登録されたときには、大きな失望を買う。

ここからはかつての写真

 すでに壊され始めた外構の価値も高い。作庭は和泉正敏(1939〜2021)と山本忠司(1923〜1998)による。山本は、当時は香川県庁のインハウスアーキクテトで、この体育館の9年後に瀬戸内海歴史民俗資料館(1973年)を完成させ、自治体所属の建築家として初の日本建築学会賞作品賞を受賞する。2024年には1970年代の建築として初めて国の重要文化財となった(こちらの記事)。

 和泉正敏はイサム・ノグチの石の彫刻制作を20年以上にわたって支えた石彫家だ。自身でも石の彫刻を手がけ、この体育館の両脇にある池は和泉らしさのよく出た名作だ。池の石は香川で採れた自然石を使ったもので、池として美しいだけでなく「建築の価値を高める」見事な空間性。何度もここを訪れているのだが、この池の本領発揮はむしろ雨の日だと思われ(こちらの動画)、雨の日に再訪できるまで片方の池だけでも残って欲しい。

(2)旧香川県立体育館再生委員会の再生提案がお得。

 これは、当サイトで何度も書いているので、ここでは詳述しない。例えば下記の記事を見てほしい。

(3)建築界の権威たちがなめられている。

 県は「地震に対する安全性の懸念があるなかで、解体を先延ばしにすることはできない」と繰り返している。今回、この見解が一般解として社会に認知されると、おそらくこの先何10年も同じことが繰り返される。

 再生委員会が起こした裁判は3月10日に口頭弁論が行われ、原告側が争点となる建物の耐震性を鑑定するための「証拠保全」を求める中で、被告である県は4月10日に解体工事に着手した。

 原告が口頭弁論に先立つ1月13日に提出した証拠保全申立書(こちらで全文読める)を読むと、建築関係者は「これをスルーしたのか」と怒りが込み上げてくると思う。特にこの辺り↓は、「本当に読んでるの?」「読んでなんとも思わなかったの?」と問い詰めたくなる。

5 本件建物の耐震性について
香川県は、平成24年に実施された耐震診断(以下「本件耐震診断」という。 )を唯一の根拠として、本件建物が「倒壊などによる大きな影響が懸念される状態」にあるとし、これを理由に再生案の検討や協議を拒否している。しかし、以下(1)〜(4)で詳述するとおり、本件建物の耐震性に関する香川県の認識は誤りである。

(中略)

(4)専門家による分析に反すること
東海大学准教授である田中正史氏が、令和7年に実施した構造性能評価によれば、本件建物は南海トラフ等の大地震を想定しても倒壊等の心配はないとされている(甲21) 。
さらに、日本大学名誉教授であり、第50代日本建築学会会長の斎藤公男氏は、本件建物に、香川県の主張するような「倒壊の危険性」はなく、協議の時間確保は十分可能であり、より精密な調査も可能であるのだから、 「倒壊の危険性」を理由とする即時解体はあり得ない旨を、専門的見地から明確に説明した(甲22) 。
また、建築・構造の専門家として東京大学名誉教授を務める神田順氏は、本件建物の耐震性について、本件耐震診断を専門的見地から詳細に分析し、本件建物の構造や南海トラフ地震の想定も踏まえた上で、「 (香川県の主張する) 「倒壊の危険性がある」という表現は適切とは言えないことが読み取れる」 「直ちに解体を要するという判断が適切でない」と明確に述べる(甲23) 。
このように、適切な資料、根拠に基づき客観的・技術的に判断すれば、本件再生案に関する十分な協議・検討を行ったとしても、その間に本件建物が倒壊する危険は想定されないことがわかる。

 構造界の権威である斎藤公男氏と神田順氏がそろって「倒壊の危険」は言い過ぎだ、と言っているのである。これ以上、誰がどういう証明をしたら、「急ぐ理由がない」と伝わるのか。

 ちなみに、県が「危険性」の根拠としている2012年(平成24年)の耐震診断を行ったTANGE建築都市設計の会長である丹下憲孝氏は、「倒壊するとかいうことは申しておりません。より長く使っていただくための補修、改修のための診断書であって、そういう形で(解体の根拠として)取り沙汰されるのはちょっと私としては残念な気がしている」と昨年9月に述べている 。これもなかなか勇気のいる発言だと思う。

現場に掲示されていた予定表。外構は6月上旬に姿を消してしまうようだ。すでに内装解体工事も始まっている?

 当サイトはどちらかというと一般の人に向けて発信するサイトだが、この話題は一般の人には相当浸透しているし、今から一般の人に期待するのは虫が良過ぎる。今回、それに比べて建築界が大人し過ぎるように感じている。すでに始まっている外構の破壊は残念ではあるが、建物の姿がある限りはまだできることがあるのではないか。現状の写真を見て、それぞれの立場でできることを考えてみてほしい。これはいつか自分の身に返ってくるかもしれない出来事である。(宮沢洋)

拙著『丹下健三・磯崎新 建築図鑑」(2025年3月刊)より

ありし日

5月10日現在

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