祖父はなぜ、語らなかったのか――。シベリア抑留を体験した男性をモデルにした舞台劇が5~7日に香川県善通寺市の四国学院大で上演された。男性は過酷な体験について長く口を閉ざし、晩年に記憶を約30点の油絵として残した。シベリアの白い大地で生と死のはざまを生き、戦後に「沈黙」を貫いた意味を、戦後80年の今年、観客に問いかけた。(浦西啓介、植村卓司)
舞台には2枚のキャンバスが置かれ、男性が1枚の前に立って何かを描いている。そして、もう1枚には女性が筆を走らせている……。男性のモデルは、さぬき市出身の川田
一一(かずいち)
さん(2012年に87歳で死去)、女性は孫の画家・千田豊実さん(43)だ。
川田さんがモデルの男性が登場する場面(香川県善通寺市で)
千田さんの知人で、同大学で演劇を教える仙石桂子教授(44)が書き下ろした「沈黙を聴く~記憶のしらべ~」。キャンバスを並べて絵を描く2人の姿は、黙して語らず、絵に語らしめた川田さんと、遺志を継いで「シベリアシリーズ」と題する作品を発表する千田さんを象徴する場面となっている。
川田さんは17歳で満州(現中国東北部)の南満州鉄道に入社。現地で徴兵され、高射砲隊員として終戦を迎えて旧ソ連軍の捕虜となり、現在のカザフスタンの収容所に送られた。1948年に帰国すると、抑留体験を封印して戦後を生きた。
そんな川田さんが絵筆を執ったのは95年、70歳の時だった。強制労働など抑留中の日々や、異国の地で命を落とした仲間への鎮魂の思いを筆に託した。画家となった千田さんと一緒に作品を作るようになり、ポツポツと抑留体験を口にするように。それでも多くを語ることはなかった。
「絵が得意だった祖父は、言葉よりも絵の方が表現しやすかったのでは」と千田さん。「長い年月、黙っていた思いを吐き出していったのでは」と考えるようになった。そして、「戦争はいかん」と繰り返した川田さんの思いとは裏腹に、世界各地で戦争や紛争が続く現在、新たな表現で祖父の思いを伝えようと考え、今回の劇を制作した。
シベリアでの抑留体験を描き続けた川田一一さん=千田豊実さん提供
物語には2人のほか、家族、戦争について調べる大学生、抑留体験者の家族らが登場。シベリアで息絶えた仲間を見送り、引き揚げ先の舞鶴港(京都府)での家族との再会など、過去と現在が交錯して進む。
千田さんがモデルの女性を演じた北村茉由さん(30)は、川田さんが帰国した時に「申し訳ない」と語ったと知った。死んだ仲間の無念を思ったのだろう。「無事に帰ってきたのに『申し訳ない』と思わせたことに、憤りを感じた」という。「無事に帰ってきてくれたからこそ命がつながり、私が演じた役になっている。そのことを否定しないで、という気持ちで演じた」
舞台を見た高松市の女性(51)は「戦争体験を語れないことがあることに衝撃を受けた。話せば楽になると思っていただけに、それほど重いことなんだと教えられた」と話していた。
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