スターと現実と
本欄第61回でお伝えしたように、ヨーロッパを代表する自動車ショーのひとつ「IAAモビリティ 2025」が9月8日から14日までドイツ・ミュンヘンで開催された。
前回のメッセに続き、今回は市内を舞台に無料で一般公開された「オープンスペース」を紹介しよう。こちらの一般公開初日である9月9日は、午前中から雨に見舞われた。しかし、多くの来場者が各メーカーのパビリオンが開く11時を待った。
市内会場で最も注目を浴びていたモデルのひとつは、9月2日にイタリア・ミラノでの世界初披露に続くかたちで初めて一般公開された「アウディ・コンセプトC」であった。2シーターのEVで、アウディ初のリトラクタブル・トップを備える。
ジャガー・ランドローバーから2024年に移籍した新デザイン責任者マッシモ・フラシェッラによるもので、「究極のシンプルさの追求」という、アウディ・デザインの次なる方向性を示している。室内に目を向けると、タッチパネル全盛の時代に敢えて“アウディ・クリック”といわれる操作感を強調しているのも興味深い試みだ。
『イタリア発 大矢アキオ ロレンツォの今日もクルマでアンディアーモ!』第61回【Movie】━━“推し活ドライブ”の時代到来か!?|ミュンヘンIAA 2025リポート(メッセ会場編)
クプラのパビリオンも開会直後から多くの人々が押し寄せていた。クプラとはフォルクスワーゲン(VW)グループの1ブランドである。かつてはグループのスペイン法人「セアト」によるブランド・イン・ブランドであったが、そこから2018年に独立した。目下ドイツはセアトとクプラにとって世界で最も大きな市場である。
来場者のお目当てはアグレッシヴなエクステリアとインテリアをもつコンセプトカー「ティンダヤ」だった。Tindayaとはスペイン領カナリア諸島にある火山の名称。色彩を含むデザインも、鉱物のイメージを反映したという。
いっぽう、ドイツもしくはそのグループ系ブランド以外で話題を呼んでいたのは、6代め「ルノー・クリオ(日本名ルーテシア)」である。クリオは過去35年に120の国・地域で1700万台が販売され、ヨーロッパの2025年上半期販売台数でも1位を記録した、ルノーの旗艦車種である。ちなみにイタリア在住の筆者が本稿を執筆している書斎の外を見渡しただけでも、容易に3台の新旧クリオが確認できる。
そうした普及車種だけに、新型といえパワートレインは過度な電動化に走らず、きわめて現実的だ。3気筒1.2リッターガソリンとそのGPS/ガソリン併用版、そして4気筒1.8リッターガソリン・フルハイブリッドの計3タイプである。3気筒ガソリン版にマニュアル変速機が残されているのも、いまだ欧州の一部地域において根強い、その需要を反映している。
VWブランドが一般初公開した 2代目「T-Roc」も、当初はマイルドハイブリッド2種で、続いて発売が予定されているのもハイブリッドである。EVはラインナップされていない。欧州のVWにおける人気車種ならではの堅実な選択だ。
参考までに会期終了後の9月19日、VWグループのポルシェは製品戦略の見直しを発表。当初EV専用として計画していた新型カイエンを、内燃エンジンとプラグイン・ハイブリッドのみで提供することを明らかにした。
10月には、ドイツのフリードリッヒ・メルツ首相が2035年以降の新車に対する内燃機関禁止規制について、それを定めたEUに対して見直しもしくは撤回を求めると発言。実際にEUは規制の見直しを検討することが明らかになった。そうした意味では、クリオやT-Rocといった市販車が、最もユーザーの実生活に合ったアプローチだったといえる。
ところで、パビリオン自体で最も特色があったのはポルシェだった。冒頭写真のようにヨーロッパの街で休暇シーズンにみられる仮設遊園地を模したものだった。一角には子ども用のメリーゴーラウンドや、無料のカフェも併設されていた。
その間を「ティーナ・ターボ」「トム・タルガ」と名づけられた着ぐるみが歩き回り、ハイタッチを交わしている。ファミリー層と未来の顧客である子どもたちにブランドを印象づける、なかなか巧みなストラテジーである。
新ブランドに抵抗感なし
ところで今回のオープンスペースには、新興の電動車メーカーも数々出展していた。
中国系では日本でもおなじみのBYD、ステランティス・グループの出資を受けているリープモーター、ボルボと吉利の合弁でスウェーデンに本社を置くポールスター、フォルクスワーゲンと戦略的パートナーシップを結んでいるシャオペン(小鵬)、高級ブランドのホンチー(紅旗)といったブランドだ。
加えて、アメリカからは2007年に設立され、一時“テスラ・キラー”と騒がれたルーシッドも参加した。
そうした新しいブランドのパビリオンには、意外にも若い来場者が目立つ。ルーシッドのパビリオンにいたフィリップ君もそのひとりだ。年齢は24歳。まさにジェネレーションZである。現在はVW「ポロ」に乗っているというので理由を聞けば、「今のところクルマは、A地点からB地点まで移動できればいいですから」という、クールな答えが返ってきた。
だからといって、クルマが嫌いというわけでもない。なぜなら彼はその日、200キロメートル離れたシュトゥットガルトから仲間2人と来場していたのだ。シュトゥットガルトといえばメルセデス・ベンツやポルシェの故郷であるが、今日は最新のBMWを見るのを楽しみにしているという。
ドイツでも若年層による乗用車の新規登録台数は減少傾向にある。29歳以下のユーザーによる2023年の登録台数は前年比で2.5%のマイナスだ(出典: KBA)。だが、フィリップ君の周囲では「18歳になると、すぐに免許をとりました」と振り返る。
馴染みのない新興メーカーに抵抗は?と聞けば、「僕たちはまったくありません」と答えるとともに、特定のブランドに愛着をもつ両親の世代とは違うことを強調した。
思い出すのはアメリカだ。ジェネレーションX(1965年から1980年頃に生まれた世代)の多くが免許取得年齢に達した1980~90年代に選んだのは、トヨタ「カローラ」や「カムリ」、日産「セントラ(サニー)」、ホンダ「アコード」といった日本ブランド車だった。
背景には1970年代の石油危機でアメリカ車の燃費の悪さと、モティベーションの低さによる品質の低下というリアルな事実があったものの、新しい世代が別の価値観をもってクルマ選びをした例である。
目下、新興ブランドはEV中心のため高価だが、彼らのいくつかはより手頃なハイブリッドやプラグイン・ハイブリッド車の投入を始めている。彼らがヨーロッパの若者たちの心をつかめば、かつてのアメリカと同様のムーブメントが起きるかもしれない。そう考えさせられた2025年秋のミュンヘンであった。
