
第2次トランプ米政権の誕生で、国際開発支援は危機的状況に陥っている。写真は2010年のハイチ地震によるがれきを撤去する米国際開発局(USAID)とDAIの職員ら。ポルトープランスで2011年1月撮影(2025年 ロイター/Kena Betancur)
[ロンドン 6日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 第2次トランプ米政権の誕生で、国際開発支援は危機的状況に陥っている。トランプ大統領は就任後数時間で、米国の対外援助の大半を90日間凍結する大統領令を発出。先週、米国務省は国際開発局(USAID)のプログラムの90%超を削減することを認めた。
この劇的な見直しは他国の開発支援にも影響を及ぼしている。スターマー英首相は2月、米国からの防衛費増額要求に応じるためとの理由で、英国の対外援助予算を国内総生産(GDP)の0.5%から0.3%へ圧縮すると発表。前政権が既にGDP比0.7%から0.5%へ減らしていたのに続く措置で、ドッズ開発担当相が辞表を提出する事態になった。ただ、そうした逆風が吹くずっと前から4つの長期的な潮流によって伝統的な開発支援モデルは基本的な前提条件が試練にさらされている。
1つ目の潮流は、過去数十年にわたる国際金融資本市場のグローバル化だ。1960年代と70年代に対外援助を求める途上国は、外国政府ないしは国際機関に頼るしかなかった。しかし、この10年間で中低所得国に流入する資本の90%超が民間ベースに変わった。
これは2つ目の潮流に起因する面が大きい。つまり「グローバルサウス」と総称され、高成長が見込まれる途上国・新興国の出現で、1990年は世界全体のGDPに占める途上国の比率は33%強だったが、今は約60%に達する。これらの多くの国は資本を輸出しており、その規模が最も大きいのが中国だ。
Pie charts showing the share of global GDP split between advanced economies and developing countries
3つ目の潮流は、開発の目的がかつてないほど大きく広がったことだ。1980年代末までは開発と言えば経済成長の意味に過ぎなかった。だが、90年に国連が人間開発指数を導入すると健康や教育も重視されるようになり、2000年代には気候対策とジェンダー平等も開発の目標に加わった。そして15年に国連が採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の下で、17の開発ゴールとその下に169の個別ターゲットが設けられた。
開発の概念がより包括的になるとともに、その促進方法に関する合意が形成されにくくなったというのが4つ目の潮流に当たる。1960年代と70年代に開発経済学者が問題視したのは国内貯蓄もしくは外貨保有高の落ち込みだった。それから20年を経て、市場の自由化を進める政策改革を条件とした支援が重視されるようになったが、2000年代に入るまでにそうした支援モデルへの信頼も崩れてしまった。中国と大半の東アジア諸国が自由貿易と金融自由化をセットとするいわゆる「ワシントン・コンセンサス」を敬遠してきたという事実は、無視できないほどに重大だった。
これら4つの長期的潮流は地政学上の変化が主導してきた。政府や国際機関の資金を投じて単純に経済成長押し上げを目指す早期の開発モデルは冷戦構造に依拠したものだった。民間資金を活用して幅広い社会と環境の目標達成につなげる発想は、1989年以降に広がったルールに基づく国際秩序の確立が土台だ。
<再び地殻変動>
トランプ米大統領の復帰は、そうした地政学的な地殻変動が再び起こりつつあることを意味している。倫理的動機で貧しい国を支援するという考えを信奉する人々にとっての課題は、争いが増し、多極化が進んだ世界で開発支援が援助側の利益にもかなう道を見つけ出すことになった。
その意味で新たな開発モデルの最初の候補は、中国が過去10年間で採用したやり方が挙げられる。中国は2013年以降、巨大経済圏構想「一帯一路」の推進に伴って少なくとも開発金融に1兆3000億ドルを拠出しており、単独では圧倒的な世界最大の援助国になっている。
借り手が中国の広範な地政学的戦略目標に共感することを重視する一帯一路の性格は、確かな政策の現実性を裏付ける。しかし、経済の観点では成功に疑問符がついてしまう。ある調査機関の見積もりでは、中国による融資の80%は今や借り手の苦しい資金繰りを手助けする目的で提供されている。
結局、大々的な融資を実行した中国は、世界最大の借金取り立て人という望ましくない役割を与えられてしまった。これは大半の援助国にとって、可能だとしても模倣したくないモデルだろう。
別のモデルの候補になるのは、米国が対外援助予算を全部廃止する代わりに国務省に再配分する方法だ。だが、明らかに孤立主義の様相を呈するトランプ政権の外交政策に、国際開発支援が整合的に貢献できるのか定かではない。
実は理想主義と戦略的な効用をうまく合体させて開発支援を成功に導くモデルは、ありふれた風景の中に潜んでいる。具体的に言えば、過去30年で経済的に発展途上だった東欧11カ国を世界で最も繁栄する国の仲間に入れることができた欧州連合(EU)拡大の取り組みこそがこのモデルだ。
Columns that show the GDP per capita for Poland, Portugal, Slovenia and Spain in 1993 and 2003
EUの環境は非常に特殊なため、他の援助国が学ぶ要素はないと考えたくはなる。しかしながら、援助総額事態はそこまで大きくなかった。実際の「秘訣」は、政治的なパートナーシップの明確化と首尾一貫した援助・貿易、その結果としての受け手側の民間資金に対する極端な市場開放にある。
1993年当時、現在EUに加盟する東欧諸国の1人当たりGDPは平均で、西欧加盟国の10分の1にかろうじて届く程度で、いずれも途上国との認定を受けていた。その30年後にポーランドはポルトガルより裕福になり、スロベニア人はスペイン人より豊かな暮らしをしている。また、東欧加盟国は全て高所得国に名を連ねるようになった。
拡大EUの経済的効果と同じぐらい注目に値するのは地政学上の成功と言える。45年にわたって東西に分かれ対立していた2つの陣営は現在、世界で最も結束力の強い同盟関係を築いている。
冷徹で現実主義が横行する時代に適合する国際開発支援のモデルとしてこれが該当しないならば、他にふさわしいモデルを見つけるのは難しい。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

