使用率はわずか10%

 今年1月に本欄で韓国の「AIデジタル教科書(AIDT)」の導入問題を書いた(参照記事:AIデジタル教科書を3月から本格的に導入へ 韓国)。3月からAIDTは本格的に導入された。導入された教科は、英語、数学(算数)、コンピューター情報学の3教科である。

 AIDTを利用できるのは、小学3年生と4年生、中学1年生と高校1年生だ。政府の計画では、2028年までに全学年で芸術、音楽、倫理などを除く全ての教科で導入されることになっている。

 だが政府の予想に反し、AIDTの導入に踏み切った学校数は予想をはるかに下回った。AFP通信は5月1日に「導入2カ月で使用率1割未満、期待外れの韓国のAIDT」と題する記事を配信している。同記事は「韓国教育部が推進するAIDTの導入から2カ月が経過したが、学校現場での活用率は1割にも満たない状況が続いている。出版社は運営費を賄えず、損失が拡大する中、政府に対する集団訴訟の可能性も浮上している」と説明。

 さらに「AIDTプラットフォームに登録した子どもの1日当たりの接続率は、10%未満にとどまった。多くの学校がAIDTを導入した大邱市でも最大接続率は11%、世宗市では中高生の接続率はそれぞれ0.3%、0.5%と極めて低かった」と報告している。

 また、世宗市の教師は「学力診断や評価の一部には使うが、ほとんど活用されていない。英語科目のチャットボットが正常に作動しないなど、既存のデジタル教材よりも質が劣る」と語っている。「児童がAIDTにログインするのに時間がかかり、IDやパスワードを忘れるとさらに準備時間が延びる」とか、「2~3回使用したが、既存の教科書やゲーム形式の授業の方が効率的だ」という現場の声も紹介している。

 AIDTの導入は各学校の判断に委ねられており、導入率は32.4%にとどまっている。教育部は2学期には導入率は70%から80%に上昇すると予想しているが、実際に接続率が上昇することは期待できないだろう。

 接続率が低ければ、プラットフォームを提供している出版社は投資資金を回収できないだけでなく、サーバーの維持費や研修費用も回収できない。AIDTを積極的に推進してきたイ・ジュホ副首相兼教育部長も間もなく退任し、1カ月後に新政権が発足することもあり、今後の政府のAIDT促進の方針は不透明である。同記事は、損失が拡大すれば、出版社は政府を相手取って集団訴訟を起こす可能性もあると報告している。

 『Korea Herald』も3月19日の「小学校の約30%がAI教科書を使っている」と題する記事の中で、政府の統計によると、全国6339の小学校のうち、小学3年生の英語の授業でAI教科書を採用しているのは1843校(29.1%)、算数では1813校(28.6%)、4年生の英語と算数では29.6%と29.2%にとどまっていることが明らかになったと説明している。中学では26.9%の学校が、英語でAIDTを使用。数学では23.8%である。

 同記事は、こうした低い採用率の背景に、教師の訓練不足があると指摘している。24年12月に行われた教員組合の調査では、98.6%の教師が政府から提供されている訓練の水準では、現場でAIDTを使い切れないと回答している。

 AIDTの導入は保守派の現政権の目玉政策の一つであり、政治的な成果を挙げようと導入を急いだため、現場の状況が無視された可能性が強い。

政府主導のトップダウンによる決定こそ問題

 5月4日付の『キョンヒャン新聞』は、ソウル教育委員会が3月29日に開催された会議で、追加的なAIDT開発に反対することを決めたと伝えている。

 さらに同記事は、AIでカスタマイズされた子ども向け英語教育プログラムを提供している企業の、経営者のインタビューを掲載している。

 同経営者は「AIDTで導入されたAIは最新のテクノロジーではなく、大規模言語モデル(LLM)ベースのAIが開発される前に計画されたものだ」と、技術的な問題を指摘。

 さらに「私たち民間企業は新しいテクノロジーが出てくると、それらをテストすることができるが、政府主導の全国プロジェクトでは新しい技術に迅速に対応できない。政府はトップダウンで決定したり、AIDTを作成したり、採用を学区や学校に任せるべきではない。AIDTの厳格な品質管理が必要だ」と、政府による決定の在り方に疑問を述べ、「AIを使った教育には反対しないが、AIDTに教科書のステータスを与えることには反対する」と、教育現場におけるAIDTの明確な位置付けの必要性を説いている。

 筆者は、人々は短期的な教育の成果を求め過ぎていると思う。また教育の最大の特長は、教師との相互関係にある。テクニカルに情報を得ることが教育ではない。韓国の“実験の頓挫”は、改めて教育とは何かを考えさせられる材料になる。

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