1945 戦時下の新岩手日報

 第2次世界大戦の終戦から、8月15日で80年を迎えます。戦後の新聞は、大本営発表に基づき、戦争に加担してしまったことの反省から出発しました。

 あれから80年となる現代、世界では戦禍が絶えず、社会の分断も深刻化。不確かな情報も流れています。時代を暗黒に引き戻さないために。1945年の戦時下の「新岩手日報」を振り返り、正しい情報と平和の尊さを考えます。

 「新岩手日報」は戦前の1938(昭和13)年、経営が悪化した「(旧)岩手日報」を従業員らが引き継ぐ形で発行を始めた新聞です。戦況が悪化した1945年(昭和20)年、岩手の新聞はすべて新岩手日報の下で発行され、わずか2ページでした。

 終戦後、新岩手日報は「一切の党派、一切の個人から独立し中立の立場に立つ」などを盛り込んだ編集方針を策定。女性や文化の紙面を設け、こども新聞も発行しました。1951年9月から題号を「岩手日報」に戻し、現在に至ります。

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