神戸連続児童殺傷29年 事件が風化する懸念について「教訓を将来に引き継いでいってほしい」 土師淳くんの父・守さんがインタビューに応じる

神戸連続児童殺傷29年 事件が風化する懸念について「教訓を将来に引き継いでいってほしい」 土師淳くんの父・守さんがインタビューに応じる

 1997年、神戸市須磨区で小学生5人が相次いで襲われ、このうち2人が殺害された連続児童殺傷事件。小学6年だった土師淳くんが殺害されてから、24日で29年がたちます。淳くんの父・守さん(70)が、インタビューに応じました。

―Q.淳くんとの思い出を聞かせてください。
土師守さん
「可愛くて、優しくて、良い子でした。テレビとかジグソーパズルが好きで、旅行では妻のふるさとの山口県に行ったことを覚えています」

―Q.淳くんが亡くなってから29年です。
土師守さん
「毎年言っていることですが、家族の子どもに対する思いというのは何年たとうが変わらないと思いますし、これからも30年、40年経っても、一緒だと思います。29年と聞けば長いですけど、私たち家族にとってはあっという間に過ぎてしまったのかなという思いです。事件当時のことはやはり鮮明に覚えていますので、昨日のことのように思い出すことができます。そういう意味でもやっぱり知らないうちに過ぎているのかなと思う」

―Q.事件から29年が過ぎ、風化が懸念されます。
土師守さん
「事件そのものは、やはり時間がたつことで一般の方々の記憶からは薄れていくことは当然だと思うので、それは構わないと思ってます。私たち家族が子どものことを忘れることはないので、それでいいんじゃないかなと。ただ大事なことは、淳の事件だけではなく、いろんな事件で得た教訓を未来、将来に引き継いでいってほしいと思っています」

―Q.事件後に社会復帰した加害男性からの手紙は、途絶えたままです。
土師守さん
「本人からの手紙は2017年を最後に届いていませんし、代理人からも連絡はありません。以前から話している通り、淳がなぜ、彼に命を奪われなければいけなかったのか。私たちが納得するような解答を、自ら振り返って、きちんと手紙にして、私達に伝えてほしいと思っています」

―Q.事件当時、遺族として最も苦労したこととは。
土師守さん
「今回も取材を受けて言うのも悪いですが、メディアスクラムがひどかった。被害報道があると普通の生活ができなくなるし、精神的な立ち直りに関しても時間がかかるということにも繋がります。今は当時ほどのメディアスクラムはないとは思いますが、それでも時々起きているとは聞きますし、改善してほしいと望んでいます。その点はメディアの皆さんに考慮してもらいたいです」

―Q.事件から長年、犯罪被害者側の支援に取り組まれてきました。
土師守さん
「取り組む理由は当然、淳に対する思いが大きいことは確かです。ですが、事件当時、犯罪被害者には本当に何の権利もありませんでしたし、公的な支援もほとんどありませんでした。本当にひどい目に遭ったというのが実のところで、今後被害に遭う方々が、私達と同じような思いをしないようにという意志で活動をしてきました。『全国犯罪被害者の会(あすの会)』(2000年設立・2018年解散)の活動では、やはり2004年の犯罪被害者等基本法の成立が最も記憶に残っています。それでも、経済的な補償が遅々として進まなかったということに危惧を抱いた弁護士の岡村勲先生が『最後の仕事』として、2022年に『新あすの会』を設立したという経緯があります。やはり経済的な支援は最も重要な課題です」

―Q.岡村先生は去年、亡くなられました。
土師守さん
「活動をぐいぐいと引っ張ってこられた支柱だった方ですから、被害者支援の活動に大きな影響あるのは当然だと思います。ただ、特に関東在住のメンバーは顧問の弁護団も頑張っていて、きちんとした活動ができていると思います」

―Q.犯罪被害者の支援で今も課題に感じることは何でしょうか。
土師守さん
「事件当時と比べると、今の被害者を取り巻く環境は劇的に改善しているとは思います。ただ、それでもまだ足りない部分は非常に多いと思います。その点を少しずつでも改善してもらいたい。北欧では『被害者庁』というものがありますが、日本でも同様の行政機関を設立してほしい。やはり犯罪被害者支援に特化した行政機関を国がやることによって、被害者の一人一人に長期に渡って継続的な支援ができるようになるので、ぜひとも実現してほしいと思っています。犯罪被害や犯罪そのものがなくなれば一番ですが、なくなることはないと思います。一般の方々にも、犯罪被害は誰にでも起こり得ることだと理解して、自分のこととして考えてほしいです。皆さんの考え方が変わることによって制度も変わってきますし、制度が変わるということは、社会のセーフティーネットの一つとして非常に重要なことです」

―Q.今後、取り組んでいきたいことは。
土師守さん
「『新あすの会』の活動は、どうしても東京が中心になります。自分は今年の4月で70歳になり、神戸市の敬老パスを持つような、十分いい歳になってきました。徐々に体力も落ちていますし、遠方に行くのもちょっと疲れるようになりました。ただ近くでできる活動なら負担も大きくありません。地元の兵庫を中心に、(被害者支援を)改善できるようなことをしていけたらと思っています」

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