マラドーナに憧れ、ブエノスアイレスに住んで35年。現地でしか知り得ない情報を発信し続けてきたChizuru de Garciaが、ここでは極私的な視点で今伝えたい話題を深掘り。アルゼンチン、ウルグアイをはじめ南米サッカーの原始的な魅力、情熱の根源に迫る。

footballista誌から続くWEB月刊連載の第28回(通算187回)は、11年半ぶりに欧州から古巣に帰還して10カ月、真のリーダーとしてボカ・ジュニオルスを蘇らせた31歳のアルゼンチン代表MFについて。

 「今日は我々のクラブにとって、とても重要な日です。ボステーロ(ボカのファン)の皆さんも、大いに喜んでくれていることでしょう。そしてレアンドロ、君自身にもこの復帰を心から楽しんでほしい。ここは君の家だからね。戻って来てくれてありがとう」

 2025年7月10日、レアンドロ・パレデスのボカ・ジュニオルス復帰会見で、フアン・ロマン・リケルメ会長はそう言って“後輩”を力強く抱き締めた。彼の言う「重要な日」がいかに大きなインパクトをもたらすものだったのかは、現役時代から無愛想で通ってきたリケルメが見せたはち切れんばかりの笑顔に示されていた。

 ボカの最大のライバルであるリーベルプレートが、すでにクラブ育ちのゴンサロ・モンティエルとヘルマン・ペセーラといったカタールW杯優勝メンバーを次々と呼び戻していた中、ボケンセ(ボカのファン)たちが同じく世界王者であるパレデスの帰還を待ち焦がれていたのは当然だった。リケルメにとって、これは単なる「ボカ出身選手の古巣復帰」ではなく、クラブの威信を懸けた象徴的補強だったのである。

 だが、世界王者の肩書きを引っ提げたスターの価値は、決してそのような話題性を狙っただけのものではなかった。パレデスの復帰は、長らくチームに求められていた「統率者」の到来を意味していたからだ。


(Photos: Javier Garcia Martino/Boca Juniors)
復帰初戦からボカのリズムを整えた「リケルメの後継者」

 パレデスが加入する前のボカは、深い閉塞感に包まれていた。

 過去5年間で実に4度もの監督交代を繰り返した挙句、コパ・リベルタドーレスもコパ・スダメリカーナも出場権を逃してしまった昨シーズン。新たにミゲル・アンヘル・ルッソ監督を迎えたものの、唯一残された国際舞台だったクラブW杯には迷走したまま挑むこととなり、2分1敗の戦績からグループステージ(GS)で敗退。リケルメ会長に対する不満は膨らみ、その重苦しい雰囲気は、どんな時も情熱的な応援でチームにポジティブなエネルギーを注ぎ込むことで知られるボケンセたちが、本拠地ボンボネーラでブーイングを飛ばすという異様な光景にも表れていたのである。

 そんな停滞ムードを打破する存在として迎えられたのが、パレデスだった。

……

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Profile
Chizuru de Garcia

1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。

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