自転車の生産で創業したグラディエーター

【写真】御年123歳のフランス車 グラディエーター 10HP 同時期を走ったクラシックたち (119枚)

リチャード・ティミス氏が、ある日のハプニングを振り返る。「帰り道にグラディエーターを載せたトレーラーが外れて、牽引していたバンへ追突したことがありました」。そんな事故もくぐり抜け、123歳を迎えたクルマは今も現役にある。

グラディエーターというブランドは、AUTOCARの読者でも恐らく殆どがご存知ないはず。19世紀末から30年ほど、英国とフランスの友好関係を表すように存在していた。

ソシエテ・グラディエーター社は、ポール・オコック氏とアレクサンドル・ダラック氏によって、1891年にパリ郊外で創業。後に自動車製造へ進出した多くのメーカーと同様に、自転車の生産で歴史は始まった。

生産の8割がドーバー海峡を渡り英国へ

しばらく自転車の製造は続けられたが、世間の流れへ押されるように、自動車製造へ進出。1899年に、単気筒のアスター社製エンジンを載せた小型車が発表される。生産数は順調に増え、1901年にはパリ北西部に2番目の工場が用意された。

そのクレマン・グラディエーター&ハンバー社の成長を支えたのは、英国市場だった。デュ・クロスは、英国にモーター・ビークル・カンパニー社を設立。1903年前後には、生産された約1000台の8割、およそ800台がドーバー海峡を渡っていた。

英国で運転免許が義務付けられた1903年

ティミス家が保有するグラディエーター 10HPは、その貴重な生き証人。100年以上前の量産車が、世代をまたいで維持されている。

正式なモデル名は、10HP リア・エントランス・トノー。パリ郊外のル・プレ・サン・ジェルヴェ工場をラインオフした1台で、最盛期には8000台前後が英国の公道を走っていたと想定される。恐らく、路上のクルマの1割を占めていたはず。

また1903年といえば、英国では運転免許が義務付けられた時期。制限速度は時速20マイル(約32km/h)へ制限され、正式な車両登録制度も導入された。

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