【鎌倉 観光スポットレポ】青梅聖天社 - インド出身のユニークな神様…

鎌倉七口のひとつである巨福呂坂切通(こぶくろざか きりどおし)は、鎌倉時代の1240年(仁治元年)10月に第3代執権の北条泰時(ほうじょう やすとき)によって整備されて以来、現在も大船地域と鎌倉地域をつなぐ主要ルートとして利用されています。

現在の巨福呂坂切通は1886年(明治19年)に開削されたもので、それまでは西側に旧街道(国指定史跡 巨福呂坂)が通っていました。

今回は、旧街道のかたわらに鎮座する青梅聖天社(おうめしょうてんしゃ)を紹介。その歴史や御祭神などを予習しておくと、鎌倉観光をより一層楽しめることでしょう。

青梅聖天社の歴史

社伝によると、創建時期ははっきりしませんが、巨福呂坂を往来する人々の安全を祈願するために創建されたと考えられています。

江戸時代に編纂された『新編鎌倉志』には、青梅聖天社の故事が収録されていました。かつて鎌倉将軍(初代~9代のいずれかは不明)が重病を患い、梅の実が食べたいと所望します。しかし、梅の実がなる時期ではなく、どうしたものかと御家人たちがあちこち探し回りました。

するとこちらの聖天社にどういうわけか梅の実がなっており、梅の実を食べた鎌倉将軍は病から回復し、人々から青梅聖天社と呼ばれるようになりました。

……青梅聖天は、雪下より小袋坂(巨福呂坂)へ登る左に小坂あり。巌窟(いわや)の内に聖天の宮有(みやあり)。故に坂を聖天坂と云ふ(言う)。是(これ)を青梅の聖天と云事は、俗に伝ふ、鎌倉の将軍、一日(あるひ)疾(やまい)劇(はなはだ)しふして、時ならず青梅を望まる。諸所を尋ぬるに、此宮の前に俄(にわか)に青梅実のる。是を将軍に奉(たてまつり)て、終(つい)に疾(やまい)愈(いえ)ぬ。故に名く(なづく)と……

※『新編鎌倉志』巻之三より

その後、青梅聖天社は1997年(平成9年)10月13日には鎌倉市の文化財指定を受け、今日に至るまで地元の人々によって護持されてきました。

青梅聖天社の御祭神

『鎌倉の神社小事典(かまくら春秋社)』によると、青梅聖天社には以下の神様が祀られています。

ちなみに、本尊である双身歓喜天像(南北朝時代作・鎌倉市指定文化財)は、鎌倉国宝館に移管されているため、現在こちらにはいらっしゃいません。

聖天(しょうてん)

インド神話・ヒンドゥー教の神ガネーシャに由来し、大聖歓喜天(だいしょうかんぎてん)や誐那鉢底(がなぱち)など、さまざまな別名で呼ばれてきました。

ゾウの頭に人間の身体という特徴的な姿で、互いに抱き合っていることが多いです。抱き合っている場合は大聖歓喜双身天王(だいしょうかんぎそうしんてんのう)とも呼ばれ、夫婦和合の象徴として信仰されてきました。

本場のインドでは健康長寿・立身出世・家内安全・恋愛成就などなど、あらゆる現世利益を叶えてくれる神様として絶大な人気があります。

日本でもインド人が経営するお店などにお祀りされていることが多く、ユーモラスな姿を拝めることでしょう。

将軍地蔵(しょうぐんじぞう)

一緒に祀られている将軍地蔵とは、勝軍地蔵(読み同じ)とも記されるとおり、勝利をもたらしてくれると信仰されています。

ここで言う勝利とは悪業煩悩(自分の罪業や欲望)に打ち克つことですが、次第に合戦の勝利と解釈されるようになりました。鎌倉時代後期に始まった将軍地蔵信仰は、武士たちの間に広まっていきます。

甲冑を身にまとい、悪業煩悩を打ち砕く錫杖(しゃくじょう)と願いを叶える如意宝珠(にょいほうじゅ)を持ち、馬に乗っている姿が一般的です。

また、愛宕権現(あたごごんげん)と同一視され、火災予防のご利益も信じられるようになりました。明治時代の神仏分離令によって仏教的要素が排除されると、神道において火を司る迦具土神(かぐつちのかみ)に祀り代えられています。

境内ギャラリー

コンパクトな境内には味わい深い見どころが散りばめられているので、じっくり観賞するのがおすすめです。

青い梅の実

取材にうかがった際、ちょうど青々とした梅の実がなっていました。

余談ながら、梅の実にはシアン化合物(アミグダリン)という天然毒素が含まれるため、生食するのは危険です。当時はそんなことを気にせず食べたのか、あるいは何か調理してから食べたのか、鎌倉時代の梅食事情が気になりますね。

風化した石燈籠

永年の風雪によってすっかり丸くなってしまった石燈籠は、いつ誰が建立したものか、今となってはよくわかりません。

しかし、それでも参拝者を優しく見守ろうとする心意気だけは、変わらず伝わってくるように感じます。ご参拝の折は、ぜひ可愛がってあげてくださいね(倒れたら危ないため触らずに……)。

丸山稲荷社

社殿に向かって左斜め後方に鎮座している丸山稲荷社について、資料を調べても詳しいことはわかりませんでした。

鶴岡八幡宮の境内に祀られている同名の丸山稲荷社と、何か関係があるのでしょうか。改めて調べてみたいと思います。

石碑群

境内のかたわらにたたずむ石碑たちは、いずれも猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)や道祖神(どうそじん)など、道中の安全を祈願して建立されたものです。

その一つひとつに込められた、旅人たちの思いを偲ぶよすがとなるでしょう。

まとめ

今回は、鎌倉市雪ノ下に鎮座する青梅聖天社を紹介しました。梅の開花シーズンに来たら、さぞ美しかったことでしょう。

観光ルートから外れているため、休日でもあまり人の往来はありません。鎌倉地元民でも「存在は知っているけれど、実際に参拝したことはない」という方も結構多いです。

そんな青梅聖天社を参拝することで、また一歩鎌倉通(ツウ)に近づけることでしょう。

青梅聖天社

参拝時間

24時間(照明が不十分なので、夜間の参拝は危険です)

バリアフリー

車椅子での参拝は困難です。石段も摩耗が激しく凸凹しており、また苔が生えているため足元にご注意ください。

参拝上の注意

最近、境内と石段脇に落石がありました。参拝の際はご注意願います(地元の方より)

アクセス

所在地:神奈川県鎌倉市雪ノ下2-7-8

JR鎌倉駅から徒歩17分(1.1km)

駐車場:なし(公共交通機関のご利用がおすすめです)

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