このままでは憲法改正が「政治家だけの祭り」に堕する、後悔しないためには何が必要か

木俣 正剛

木俣 正剛
元「週刊文春」・月刊「文藝春秋」編集長

follow
著者フォロー

フォロー中

2026.5.3(日)

自民党大会で演説する党総裁の高市首相は改憲発議に意欲を見せた(写真:共同通信社)

1946年5月3日の東京裁判開廷から、ちょうど80年。この歴史的節目に先立ち、4月の自民党大会で高市早苗首相は「日本人の手による自主的な憲法改正は党是だ」と宣言しました。激動の国際情勢下で改憲論議が加速する一方、現行の手続きには課題も残されています。拙速な改正の前に、日本人が自ら戦争を総括する「新・東京裁判」が必要ではないか——。元週刊文春編集長で、保阪正康氏や半藤一利氏と長年、昭和史を取材してきた木俣正剛氏が、日本の民主主義の現在地を問い直します。

「時はきた」

 高市首相は4月12日の自民党大会で、「日本人による自主的な憲法改正は党是だ」と宣言。党として憲法改正の具体案を考える作業に着手する考えを明らかにしました。

 たしかに、国際情勢が激動する中で、変化は必要です。しかし、世界の主要国で唯一、戦後の憲法改正経験がないわが国は、具体的な憲法改正のための制度が整備されていないのが現実です。欠陥だらけなのです。

 それ以上に、よく保守層が指摘するように、日本国憲法が「日本人による自主的な憲法ではなかった」かどうかの検証も保革対立の中で結論が出ていません。

日本国憲法は東京裁判が終わる前に成立

 勝者による裁きの側面が強かった「東京裁判」が終わる前に、日本国憲法は成立しました。私は、たとえ勝者の裁きであっても東京裁判に意味がなかったとは思いません。しかし、昭和史に詳しい保阪正康氏や半藤一利氏の「自ら、日本人の手で戦争責任を引き受け、裁くことができたら、戦後社会は違っていたのではないか」という主張には説得力があります。

 私は、保阪正康氏の力作、『瀬島龍三・参謀の昭和史』の取材・編集をお手伝いするなど、氏の真摯な昭和史の調査を若い世代にも、知ってほしいと思い、半藤一利氏とは文藝春秋の後輩として、『ノモンハン』や『聖断』などを執筆する姿を追いかけて、あの戦争の意味を問う作業を継承したいと思っています。お二人がいうように、真に、国際的な信用を得る国・日本の自主憲法をつくるためには、まだ検討しなければならない点が多くあるのです。

 私は、拙速な憲法改正の前に、国民的行事として「日本人の日本人による日本人のための東京裁判」を開く必要があると考えます。国民があの戦争と、あの戦争にあらわれた民族的・制度的な問題点を自覚してこそ、初めて、意味のある憲法改正ができるはずです。

1946年5月3日、東京・市ヶ谷の旧陸軍士官学校講堂(現防衛省市ヶ谷記念館)で始まった東京裁判(写真:共同通信社)

ギャラリーページへ

 東京裁判が始まったのは1946年5月3日。今からちょうど80年前です。

 この連載では、東京裁判の欠陥や現在の憲法改正システムの課題、諸外国の憲法改正について、各界の識者に取材し、レポートしていきます。

 初回はその前提となる憲法改正の仕組みについて考えてみたいと思います。

Share.