イギリスでチームを探し、ロンドンに家を決め、デポジットも家賃も払い終え、日本の役所手続きも終わった。あとは2月19日午前成田発の飛行機に乗るだけだった。
だが2026年4月のいま、私はニュージーランドのオークランドにいる。
もともとはイギリスに渡り、ラグビー・リーグをプレーしたり、ユニオンを見たり、本場のラグビーを堪能するつもりだった。
しかし渡英する予定だった2月18日にその計画を完全に白紙に戻し、翌日にはニュージーランド行きのチケットを取る。そんな、ジェットコースターのような数日間を過ごした。
今回は、なぜそんなことになったのかという顛末と、そこから得た「人生を論点思考する」という教訓について書きたいと思う。
◆渡英1週間前の発覚と、真っ二つに割れた見解。
事の発端は渡英の1週間前、2月の2週目ごろのことだった。
イギリスでの生活に向け、仕事やラグビーをする上で気をつけるべきことを、AI(GeminiのDeep Research機能。レポートのように深いリサーチができる)を使って調べていた。
すると、自分が取得したビザではプレーすることが困難かもしれない、という情報に行き当たった。
Gemini Deep Researchより。自分がいま、AIスタートアップを手伝っていることもあって、日常からAIはヘビーユーズ。この調査結果をみた時の驚きと背筋が凍る感覚はよく覚えている。
自分のビザは、多くの国の人が海外での経験を積むために使うビザで、オーストラリアやニュージーランドなどの若者が、イギリスでプレーしたい時にもよく使われる極めて一般的なビザだった。
このビザでは、「プロスポーツ選手として雇用されること」が禁止されていた。通常の多くのビザと同様に、プロチームから給与を得てプレーすることが問題なのだと、私自身も加入する予定だったチームの関係者も解釈していた。
だが、イギリスの移民法における「プロスポーツ選手」に該当する経歴の定義はかなり広く、13人制ラグビーの日本代表としてプレーした経験がある私は、アマチュアであってもその定義に該当してしまう可能性が高かったのだ。
論点は「雇用されているとみなされるか否か」だった。
慌ててイギリスの日本大使館のHPから現地の弁護士にコンタクトを取り、最終的に6人の弁護士に意見を求めた。結果は、見事に真っ二つに割れた。
3人は「雇用されていないから問題ない」と言い、残りの3人は「プロスポーツ選手に該当する人間がプレーするだけで、無給のアマチュアであっても雇用されているとみなされるリスクがありNGだ」と回答した。
弁護士より帰ってきた回答の一部。「弁護士」と言われれば、なんだか法律に精通しており絶対的な回答を出してくれるようなイメージを持っていた。だが、今回本件と向き合って、弁護士によって言うことは異なり、誰の意見をどのような根拠を元にどの程度信用するかどうかも自分の責任であると思い知らされた。
OKを出してくれた人たちの根拠も深掘りしてみたが、少し薄く見える部分があった。何より、専門家の見解がこれほど割れる時点で、万が一移民局からNGを言い渡された場合のリスクが大きすぎる。
私は、ラグビーを本格的にプレーする時間が終われば、またビジネスの世界に戻り、世界中で働きたいと思っている。そんな私にとっては、ビザ要件に抵触し、将来イギリスやその他の国への入国が難しくなる可能性がゼロではない以上、この道は避けるべきだと直感した。
時差の関係で、夜中に弁護士と話し、朝起きるとイギリスの午後から届いたメールに目を通し、返信を打つ。渡英前々日の夜には日本人の在英弁護士から問題ないという回答をもらい安堵したのも束の間、渡英前日の朝にはイギリス人の弁護士からNGを突きつけられる。
渡英を強行するかどうかの意思決定は非常に重く、机に向かってこれまでの経緯や理由を書き出し、評価軸に落とし込んで比較検討を繰り返した。頭では「やめておいた方がいい」とわかっていても、どうにも腹落ちし切らない。
渡航前日のお昼頃、気分転換に風呂に入った。トレーニングやこういった渡航検討の疲れでうつらうつらして、ぱっと目が覚めた瞬間だった。
「しょうがない、UKはやめよう」
不思議なほどすっきりと、その瞬間に決断を下すことができた。
◆翌日のフライト手配と、オークランドでの新たな挑戦。
その日の夕方から、再び様々な行動を取り始めた。イギリスのチームや大家への連絡、飛行機のキャンセル、ニュージーランドの知り合いへの連絡など。
ラグビーリーグ(13人制)を高いレベルでプレーするなら、選択肢はオーストラリアかニュージーランドの二択になる。ビザの要件や取得にかかる時間を調べた結果、オーストラリアは時間がかかり、ニュージーランドなら比較的すぐに渡航できそうだった。
渡英を断念した翌日には、ニュージーランド行きのフライトを取っていた。
そんな経緯で2月末にニュージーランドに渡り、オークランドのイーデンパークの近くに滞在している。
イーデンパークの正面入り口。家から自転車で10分くらい。ちなみにニュージーランドは妻が高校時代を過ごした場所でもあり、彼女の人格が形成された背景をなんとなく知れるのも、自分にとって面白いところの一つかもしれない。
ここはまさにラグビーの聖地だ。目の前にはオールブラックスの数々の伝説が刻まれたイーデンパークがそびえ立つ。さらに、オークランドは15人制(ユニオン)と13人制(リーグ)の最高峰が交差する、世界でも稀有な都市である。
15人制に目を向ければ、スーパーラグビー・パシフィックのブルーズ(Blues)が拠点を構え、原田衛選手が所属するモアナ・パシフィカ(Moana Pasifika)もこの街を本拠地としている。
一方で13人制の熱狂も凄まじい。オーストラリアで絶大な人気を誇るNRL(ナショナルラグビーリーグ)において、唯一ニュージーランドから参戦しているニュージーランド・ウォリアーズ(NZ Warriors)のホームタウンでもあるのだ。
基本的には、オークランドのクラブチーム(Pt. Chev Pirates)でラグビー・リーグをプレーしながら、スーパーラグビーやNRLの最高峰の試合の観戦も含め、本場に触れている。
いくつかの強豪チームにコンタクトをとり、練習参加を経て、オークランドの強豪クラブに飛び込むことになった。
本場のタレントたちに揉まれながら、これまで触れたことのないような高みに挑戦したい。そして、ラグビーをやり切ったと思いたい。
ニュージーランド特有のアクセントに苦戦しつつも、そろそろ英語を第一言語とする環境でも、言葉に苦労しないレベルまで辿り着きたいという目標もある。
ビザの制約があり、いつまで滞在できるかは分からないが、その制約の中でできる限りの高みに触れたいと思っている。
13人制ラグビー・リーグのNZ Warriorsの本拠地開幕戦での一コマ。私が加入したクラブ出身選手もいる。ただただカッコイイ。
◆トラブルの裏にある過去の蓄積と、決定的な反省点。
今回の騒動をポジティブに捉えるならば、自分自身が人として、ビジネスマンとして、ラグビー選手として築いてきた特殊なキャリアがあるからこそ、他の多くの人がぶつからない壁にぶつかったということだ。
アメリカへの留学、外資系戦略コンサルへの入社、ケニアオフィスへの移籍や東南アジアオフィスでの勤務。日本語話者がほぼいない環境で働いてきた。日本・アフリカ・アメリカ経験のあるMBB(外資系大手戦略コンサルファーム3社の総称)出身の日本人は数名しかいない。
また、激務の中でもマイナーな競技で自分を高め、日本代表としてプレーした経験があったからこそ、イギリスの移民法が定める「国際的に確立された評価(Established international reputation)」がある状態になっていた。海外出身者でも聞いたことがない程、珍しい状況になっていた(ロンドンオフィスにオリンピック経験者は一人いるようだが、アフリカ圏やアジア圏での経験はないらしい)。
このキャリアの特殊性や希少性があるからこそ、「パソコンがあれば、世界のどこでも住めるし、働ける」という状態を作ってくれた。そして、イギリスという選択肢を選ばせた。
これらは過去の自分の、良い意味での成果物でもある。だからこそ、超特殊で、イギリスの移民法上で明確な回答がない=前例がないような状況にぶち当たった。
結果的に、ラグビーしかないような環境でどっぷりとラグビーに浸かれるオークランドに来られたことは、きっと良かっただろう。
だが、本質的に振り返ってみると、自分の人生において「論点思考」が全くできていなかったという痛烈な反省がある。
◆人生における「論点思考」の欠如。
論点思考とは、単に「考える」ことではない。マッキンゼーやボスコン(BCG)などといった戦略コンサルティングファームで徹底的に叩き込まれる思考法であり、「解くべき真の問い(論点)は何か」を見極め、その論点を起点に課題解決をしていくアプローチのことだ。
正しい問いを立て、それに対する仮説を構築する。
そして、その仮説を検証するためのアプローチ(データの定量分析、Webや論文のリサーチ、有識者へのインタビューなど)と時間軸を設計し、実行する。
そこで見つかった事実(ファクト)に対して、「なぜそうなのか(Why So)」、「だからなんなのか(So What)」を問い続け、示唆を抽出して最終的な答えを導き出す。
「問題の解決策」を探す前に、そもそも「いま解くべき問題は何か」を間違えれば、その後の努力はすべて無駄になる。
そして、「いま解くべき問題」があっていても、正しく精緻にその問題を解かない限り、検討に抜け漏れが発生してしまう。
戦略コンサルタントとして、ビジネスの現場では息をするように当たり前におこなってきたこの思考プロセスを私は、自分の人生の重大な決断において、すっぽりと抜け落ちていることに気づかなかったのだ。
私がイギリス行きを決めた理由は、極めて主観的なものだった。
「オーストラリアやニュージーランドのポリネシア系選手より、ヨーロッパ系の選手の方が自分との相性が良さそうで、高いレベルでも通用しそう」
「オセアニアは何度も行ったことがあるから、居住経験のないヨーロッパに住んでみたい」
つまり、自分の意思や願望が中心だった。
自らが望む生活ができるかどうかの、最も根源的な部分であるビザ要件の確認を後回しにしてしまったのだ。
本来であれば、以下のような論点の連鎖を設定すべきだった。
・今後数年で、自分が何を実現したいか?(What do I want to achieve in the next few years?)
・それを実現するためには、どの国・場所で成し遂げることができるか?(In which country/area could I achieve my goal?)
・どのカテゴリー、チームなら達成できるか?(In which category/team would that be achievable?)
・上記の要件を満たすために、ビザ、税金、競技歴などの条件を自分はクリアしているか?(Do I meet all the requirements, such as visas, taxes, athletic records, etc.?)
・もしそれが機能しなかった場合、どのような条件下でどんなバックアップオプションを取るべきか?(What would be the backup plan if that does not work, and under what conditions should I trigger it?)
問い同士は複雑に絡み合っている。
例えば、アメリカに行きたいと思ってもビザが取れなければ意味がないし、その逆も然りだ。
練習前の風景。30-40人の選手に対し、コーチは6-7名ほど。練習のテンポも早く強度も高い。
これは、きっと多くの人の人生にも当てはまるポイントではないだろうか。
たとえば、海外駐在、転職、社内での部署異動などを目指す時だ。
「とりあえずAという国に住んでみたい」、「あの企業に転職したい」「社内の良いポジションに移りたい」という表面的な願望だけで動いてしまうことは多い。
なんとなく受けてみて、うまくいかずに落ちる。そのうちに「まあ、今の場所も悪くないか」と居心地がよくなり、気づけば3年、5年、10年が経過している。
そして「あの時もっと本気でやっていれば」と気づいた時には、年齢的にもタイミング的にももう遅い、という悲劇だ。
もし自分の人生に対して論点思考をしているなら、思考のスタート地点が変わる。
「自分が成し遂げたいこと(海外移住や転職など)を叶えるためには、どのような手段があるか?」
「その手段を実現するために、今獲得すべき資格や能力、起こすべき行動は何か?」
「もしその第一希望の手段が叶わなかった場合、どのようなバックアップオプションを取るべきか?」
これらの論点を事前に設定していれば、必要なステップが明確になり、自分が目指したいことや問いに対して、抜け漏れなく精度の高い検討ができるようになる。
逆に論点思考が欠如していると、「海外に行きたい」という思いだけで、受かる基準もわからないまま突撃して玉砕する。あるいは、目的を叶えるために「手段A」しかないと思い込み、それに1年を費やして失敗し、次に「手段B」に気づいてまた1年かけ、ダメで「手段C」に……と、貴重な時間を無駄に浪費してしまうのだ。
また、後から「あれをしておけばなあ」「実は自分にはこんな道があったんではないか」などといった後悔を持つ可能性も高い。
最初からA、B、Cという選択肢(オプション)の存在を論点として洗い出していれば、並行して準備を進めることもできたはずである。
◆ぼやっとしている時間は、論点を見落としているサイン。
前職で親しくしていたパートナー(役員)の方に、会社を卒業する時に言われた言葉がある。
「やっぱり人生に、特にお前(=筆者の私は)は規律を持つべきだ。何かぼやっとしている時間が続いたら、大事な論点を見落としていると思え」
その人は、金曜の夜の会食であっても9時過ぎには切り上げ、オフィスや自宅の書斎に戻って世界情勢や最新のトピックをインプットしていた。
ケニアにいた時のパートナーも同じで、金曜日にチームのイベントがあっても夜9時には切り上げて、仕事に向かっていた。
私は、当たり前だが、決して努力せずに成果を出せるタイプではない。
新卒で良いとされるキャリアを運良く選ぶことができ、また様々な巡り合わせや周りの方のおかげで、たまたま海外オフィスで働かせてもらっただけだ。
ラグビー選手としても、日本やアメリカ、ケニアでプレーし、13人制の日本代表になったとはいえ、超マイナーな領域での話だ。
15人制のラグビーエリートたちが気にも留めない13人制という市場や、日本の同僚が目を向けないケニアという場所をうまく選び、そこで運や巡り合わせに加えて、少し努力をしたに過ぎない。
決して決して、能力の高さで突き進んできたわけではない。
NZのとあるレストランにて友人数名とディナーした時の写真。NZは牡蠣とラム肉とビールがとんでもなく美味しい。食事制限もあるためいつでも食べられるわけではないが、格別なご褒美。
※この記事を読んでくださった皆様。もしオークランドやニュージーランドにお越しの際は、ぜひ美味しいビールでもご一緒させてください。働いて飲むビールはうまいので、常にうまいビールが飲めるよう、日々突き進みます。
自分のはるか先にいるパートナーたちが、それほどの規律を持って生きているのなら、私がその基準を下げていい理由などどこにもない。
ましてや、海外で個人事業主としてAIスタートアップを支援しながら、本場のトップレベルでラグビーに挑戦するという、前例の極めて少ない稀有な選択をするのだ。だからこそ、なおさら自分自身の人生をしっかりと論点思考し、一つひとつ丁寧に検討すべきだったのだ。
100万円単位で自分の資金も飛んだ。今回のイギリス渡航断念は、そんな自分に対する強烈な戒めとなった。
とはいえ、ニュージーランドでの生活はすでに始まっている。このオークランドでのラグビーと暮らしを、全身で楽しみたいと思う。
【プロフィール】
おおたけ・かずき/Kazuki Otake
ニュージーランド、オークランド在住。1996年愛知県名古屋市生まれ。愛知県立明和高校、早稲田GWRC、University of Washington Husky Rugby Club、Seattle Rugby Club(共にアメリカ)、Kenya Homeboyz、Kenya Wolves(共にケニア)、St. Albert(カナダ)等を経て、ニュージーランド・オークランド1部のラグビーリーグチームでプレー中。13人制ラグビー日本代表副将(現在キャップ6)。早稲田大学、University of Washingtonを経て、外資系戦略コンサルティングファームの東京オフィス、ケニアオフィスなどに勤務したのち、独立。
