こうしたスタンスによって、彼のコンサートは単なる娯楽イベントではなく、“避難所”のような存在となっている。また、米国で演奏しないという選択そのものが抗議の表明となっているのだ。
またバッド・バニーは、米国の「未編入領土」とされているプエルトリコの立ち位置を強く批判し続けている。この立ち位置こそ、住民の権利や機会を制限しているからだ。バッド・バニーの活動は島の支援に焦点を当てており、ウェルズ・ファーゴの推計によると、彼がプエルトリコ本島で実施した31夜連続公演は約4億ドル(約600億円)の経済効果をもたらしたという。
バッド・バニーはトランプ政権を公然と批判し、芸術を抵抗の手段としてきた。楽曲「NUEVAYoL」のミュージックビデオには、トランプに似た声が移民に謝罪する音声が登場する。さらに、LGBTQ+の権利を擁護し、ジェンダーの枠にとらわれないファッションを取り入れる彼の姿勢は、保守層が抱く“男性性”や“伝統的価値観”が崩れていくことへの不安を刺激している。
さらに、バッド・バニーの社会活動はプエルトリコ人としてのアイデンティティに深く根ざしたものだ。トランプの集会でコメディアンのトニー・ヒンチクリフがプエルトリコを侮辱する発言をした後、バッド・バニーは島の文化を称える映像で応じ、「わたしたちはこの世に生を受けたその日から戦ってきました。わたしたちにこそ“心”があります」と締めくくったのである。
こうした真摯さと、より広い市場に迎合せず自らの文化的・政治的アイデンティティを貫く姿勢こそが、バッド・バニーを強い存在にし、敵対者にとっては脅威にしている。
NFLの計算
NFLによるこの人選は軽率な判断などではない。むしろ、観客層の若返りと多様化を図るという戦略を継続するための、ビジネスの観点から計算し尽くされた決定である。
リーグ側は、従来の視聴者層が高齢化していることを認識している。若年層や拡大するヒスパニック市場を取り込むことはビジネス上の最重要課題だ。2020年から2022年にかけて3年連続でSpotifyの世界再生回数トップとなったバッド・バニーは、グローバル市場への扉を開く鍵となる存在なのである。
NFLが2019年にジェイ・ZのRoc Nationと提携したのも、まさにそのためだった。新鮮味を失い、芸術的にも無難になっていたハーフタイムショーに、文化的な意味合いを吹き込む狙いがあったのである。2024年のケンドリック・ラマーによるパフォーマンスは、米国的な象徴を用いて人種差別を鋭く批判した政治的メッセージ性の高い内容で高く評価された。そのパフォーマンスは同時に、それが文化的な意味合いをもち、世界的な注目を得られるのであれば、計算されたリスクをとる意思がNFLにはあることを示したのである。
バッド・バニーを起用することで、NFLは世界的なスーパースターを確保できるだけでなく、「インクルージョン」と「多様な表現」という物語を体現できる。バッド・バニー自身も、この出演についてそうした文脈でこう語っていた。「自分がタッチダウンを決められるのは、無数のヤードを走ってきた先人たちのおかげです。これはわたしたちの人々、わたしたちの文化、そしてわたしたちの歴史のためなのです」
象徴としてのスーパーボウル
バッド・バニーを巡る論争は、現代の米国において「政治とは無縁の文化的空間はもはや存在しない」という現実を象徴している。異なる文化を横断し、人々を結びつける数少ない大衆文化の祭典となったスーパーボウルも、いまや国家のアイデンティティを問う“国民投票”のような場となっている。あらゆるアーティストの選択が政治的な視点で分析され、すべてのパフォーマンスが文化戦争の声明となりうるのだ。
