ジュリオ・ペリツァーリは自分を「バイクに乗るのが好きな普通の人」と表現する。しかし、ジロ・デ・イタリア初出場でタデイ・ポガチャルと最後まで互角に渡り合った “普通の人” はいないに等しい。

このイタリア人ライダーはジロ・デ・イタリア2024でジロデビューを飾ったが、マリア・ローザ(ピンクジャージ / 個人総合優勝)を争った3週間をキャリア最高の経験と振り返っている。結局、ペリツァーリがこのジロデビューでマリア・ローザを手にすることはなかったが、山岳賞2位に入り、そのポテンシャルを世界に示した。そして、この活躍がレッドブル=ボーラ=ハングスローエの目に留まると、現在21歳の若きクライマーはプリモシュ・ログリッチから貴重な学びを得ることを期待して、オフシーズンにこのワールドツアーチームに加入したのだった。

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夢はプロライダー

イタリア中部に位置する小さなコムーネ(自治体)、サン・セヴェリーノ・マルケで育ったペリツァーリは、幼少期をアペニン山脈での兄とのライディングと週末のレース参戦に費やしたが、その天賦の才能はすぐに開花したわけではなかった。

「子どもの頃はそこまで強いライダーではなかったです。クライムは得意でしたが、レースにはクライムがなかったので結果を出せていませんでした」とペリツァーリは振り返るが、彼が諦めることはなかった。「僕はずっと夢を信じてきました。プロライダーになることを夢見ていたので、自転車にすべてを注ぎました」

努力を続けたペリツァーリは、2022年にその夢を叶え、イタリアのプロロードツアーチーム、VFグループ=バルディアーニ=CSF=ファイザネと契約した。「幸運なことにプロライダーになれましたが、自分ひとりで叶えたわけではありません。家族、母なる自然、そして血も関係しています」

レッドブル=ボーラ=ハングスローエの新星ジュリオ・ペリツァーリ

レッドブル=ボーラ=ハングスローエの新星ジュリオ・ペリツァーリ

© Max Fries/Red Bull – BORA – hansgrohe

僕はずっと夢を信じてきました。プロライダーになることを夢見ていたので、自転車にすべてを注ぎました

ジュリオ・ペリツァーリ

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ビッグレースでの活躍

VFグループ=バルディアーニ=CSF=ファイザネでの3シーズンで、ペリツァーリは素晴らしい結果を積み上げていった。2023年のツール・ド・ラブニール(グランツールの登竜門と位置づけられているフランスのレース)でステージ優勝と総合2位を獲得し、2024年のツアー・オブ・ジ・アルプスでもトップ10に食い込んだ。

しかし、イタリア国内の多くのスポーツ紙が「イタリアのロードレースシーンの未来を担う逸材」とこぞって書き立てるようになったきっかけは、グランツールデビューとなったジロ・デ・イタリア2024での活躍だった。

「最初の2週間は体調を崩していたので、とても厳しいレースでした」とペリツァーリは振り返る。しかし、母国最大のロードレースで活躍できるチャンスが痛みや辛さを吹き飛ばした。「ジロはただのロードレースではありません。イタリア全土がピンクとパーティに染まるのです」

ジロ・デ・イタリア2025を戦うレッドブル=ボーラ=ハングスローエ

ジロ・デ・イタリア2025を戦うレッドブル=ボーラ=ハングスローエ

© Charly López/Red Bull Content Pool

そして、ペリツァーリは体調不良に蓋をすると、レースが山岳に突入したタイミングで世界最強ライダーたちと互角に渡り合えることを証明した。

第16ステージで2位に入った彼は、レッドブル=ボーラ=ハングスローエのダニエル・フェリペ・マルティネスとモンテ・パナで互角に走れることを証明すると、さらに第20ステージのモンテ・グラッパでのクライムでレースリーダーのタデイ・ポガチャルに堂々と挑み、山岳賞2位を確定させた。

「色々な感情がこみ上げましたね。側道で僕の名前を叫んでくれていたファンの皆さんからエナジーを受け取って走りました。イタリアのロードレースファンは山岳賞のジャージを愛しています。ですので、自宅の近くだった最終ステージのローマでそのジャージを着用できたのは最高でした。僕のジロのハイライトになりました」

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ワールドツアーチームへ

ペリツァーリのジロ・デ・イタリア2024のパフォーマンスはレッドブル=ボーラ=ハングスローエの目に留まり、この若き才能はワールドツアーチームと初契約を結ぶことになった。そして、移籍したペリツァーリはすぐに環境の大きな変化に気付いた。

「僕が以前所属していたチームはファミリーチームでした。小規模でしたし、ライダーたちにはお互いを助けられる余裕がありませんでした。今回の移籍でチームの規模が大きくなり、完全に違う世界になりました」

「今のチームでは、ライダーたちのために多くの人が働いてくれています。ライダーとしてトップを目指すなら、多くの人が自分のために働いてくれる環境が非常に重要になってきます。このような環境がライダーを成長させるのです」

プリモシュとヒンドレーがリタイアしたあと孤軍奮闘したペリツァーリ

プリモシュとヒンドレーがリタイアしたあと孤軍奮闘したペリツァーリ

© Charly López/Red Bull Content Pool

ペリツァーリの2025シーズンには、ステージレースのボルタ・ア・カタルーニャとバスク一周(イツリア・バスク・カントリー)が含まれており、これらがグランツール通算2戦目のジロ・デ・イタリア2025と通算3戦目のブエルタ・ア・エスパーニャ2025に活かされる。本人は2025シーズンを他のライダーをアシストして貴重な経験を積んでいく1年として捉えている。

「プリモシュ(ログリッチ)のようなトップライダーをアシストしたことがないので、まだ右も左も分かりません。クライムの最終盤でのプッシュやボトルの供給などでトップライダーを助けて、そこから学びを得ることはとても重要です。なぜなら、トップライダーが自分に何を求めているのかを理解できれば、将来、自分のチームメイトにどのように助けを求めれば良いのかが理解できるからです」

ペリツァーリは直感任せのライディングによって今のキャリアを築いてきたが、それだけでは不十分なことを理解している。

「直感だけでは勝てないときがあります。たとえば、2024年のU-23世界選手権のゴールまで残り60kmの地点で、調子が良いと感じていた僕はアタックを仕掛けました。ですが、この直感に任せたことで僕は勝利を逃しました。勝てる実力があったのに、11位でフィニッシュしてしまいました」

ボルタ・ア・カタルーニャに出場したペリツァーリ

ボルタ・ア・カタルーニャに出場したペリツァーリ

© Szymon Gruchalski/Getty Images

そのため、最近のペリツァーリは、自分のなりの勝利の方程式を作り上げることに集中している。「まだまだ学ぶことは沢山あります。フィジカルだけではなく、マインドも重要です。心構えやプレッシャーについても学ぶ必要があります」

「簡単ではありませんが、いずれ自分が活躍できるときが来ると思っているので、リラックスできています。チームもライダーを信じてくれていますし、僕もチームを信じています。チームが最高の僕を引き出してくれるはずです」

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ジロ・デ・イタリア2025の活躍

前年のパフォーマンスが評価されたジュリオ・ペリツァーリは、レッドブル=ボーラ=ハングスローエのジロ・デ・イタリア2025チームにリーダーシップを取れるライダーのひとりとして加わった。実際、この21歳のイタリア人ライダーは大活躍し、トップライダーのひとりであることを証明した。

レースが終盤に差し掛かり、ログリッチがレース前半で負った怪我と複数のクラッシュによって不運のリタイアを喫し、ジロ連覇の夢を絶たれてしまったあと、ペリツァーリはチームを牽引した。

ジロ・デ・イタリア2025はチーム最高位の総合6位でフィニッシュ

ジロ・デ・イタリア2025はチーム最高位の総合6位でフィニッシュ

© Charly López/Red Bull Content Pool

エースが抜けた穴を見事に埋めたペリツァーリは恐れ知らずのハイパフォーマンスを見せて総合6位でフィニッシュ。3週間以上の厳しいレースを通じてペリツァーリは強烈なアタックを仕掛けながらトップライダーたちと山岳で渡り合い、自分も優勝候補になり得ることを証明した。

ジロ・デ・イタリア2025最優秀イタリア人ライダーに選出され、地元ローマでの最終ステージを “凱旋” で終えたペリツァーリは、グランツールのスターライダー候補であることを高らかに宣言した。

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