米軍のヘリが宜野湾市の沖縄国際大学に墜落した事故から8月13日で22年です。「世界一危険」とも言われる普天間基地の返還はいまだ実現せず、先行きの不透明感が増しています。
【写真を見る】沖縄国際大学へのヘリ墜落から22年 普天間基地返還をめぐる議論は混迷
2004年8月13日。宜野湾市の沖縄国際大学に、普天間基地を飛び立った米海兵隊所属のCH-53ヘリが墜落し炎上しました。
基地の外で起きた事故にもかかわらず、米軍が一方的に現場を封鎖し、県警の捜査を拒否。
日米地位協定の問題が浮き彫りとなっただけでなく、市街地の中心に位置する普天間基地の危険性を改めて突きつけるものでした。
一方、普天間基地の返還合意から2026年で30年となるなか、米軍が「代わりとなる長い滑走路が日本によって選定されるまで普天間は返還されない」などと、公文書で示していたことが明らかになり、返還をめぐる議論は混迷を深めています。
事故から22年が経った13日、宜野湾市の佐喜真市長は、事故後も基地から派生する事件や事故があとを絶たないとして、「普天間飛行場の固定化は絶対にあってはならない」とコメントを発表。
沖縄国際大学では13日午後、墜落現場で集会が開かれます。
琉球放送
