福岡県八女市星野村で燃え続ける「原爆の残り火」が、現地時間5月24日にハワイの真珠湾で開かれる平和式典でともされます。旧星野村出身の男性によって広島から持ち帰られた「火」。亡き父の思いを受け継ぐ息子は「核兵器のない世の中に」と、式典の開催に思いを寄せています。

【広島から福岡に持ち帰った火】

八女市星野村で受け継がれてきた“広島原爆”の残り火。

この火がともされることになったハワイ・真珠湾での平和式典を前に、5月20日、採火式が行われました。

■ハワイでの式典を主催・佐々木雅弘さん
「No more Hiroshima、No more Nagasakiという言葉を発しますと、Remember Pearl Harborという言葉が、まだまだ返ってきます。」

その様子を見守った山本拓道さん(75)。

拓道さんの父、達雄さんが、原爆で焼き尽くされた広島から、くすぶっていた残り火を星野村へ持ち帰りました。

■山本拓道さん
「原爆の火だけれども、平和の火として、平和の使者として、いたるところに行って、世界が平和につながっていくことが一番望み。」

原爆が投下された1945年8月6日、陸軍に所属していた達雄さんは広島にいました。

爆心地から離れていたため、一命は取り留めたものの被爆。

しかし、街ではおよそ14万人の命が奪われ、父親のように慕っていた叔父も犠牲となりました。

■山本拓道さん
「遺骨も見つけられない。どこで死んだかも分からない。自分が知っているのは、川の中に顔を突っ込んで死んでいる人、黒焦げになって死んでいる人、半焼けになって。そういう人たちばかり見ているから、あの中のどこかに叔父もいたんだろうと、心が張り裂けるような思いだったろうと思います。」

叔父が生きた証しを何か持ち帰ることができないか。

目に留まったのが、叔父が営んでいた書店の地下でくすぶっていた小さな火です。

達雄さんは持っていたカイロに火種を移し、ふるさとへと戻りました。

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