藤原ヒロシ

藤原ヒロシ

現在開催中の表参道ヒルズ開業20周年を記念した企画「OMOTESANDO HILLS 20th」。藤原ヒロシをクリエイティブ・ディレクターに迎え、期間限定のポップアップショップ「ODORIBA」をはじめ、今後もさまざまな企画が展開される予定だ。中でも注目を集めているのが、セックス・ピストルズ(Sex Pistols)がデビューした1976年から50年の節目に、UKパンクの軌跡を辿るエキシビジョン「inception (1976)」である。会場には、当時のまま保存されたセックス・ピストルズに関連するポスターや掲載記事、各国版のレコードや記録写真に至るまで、膨大な資料が飾られているだけでなく、マルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)とヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)が生み出したパンクファッションの原点にして象徴となった「セックス(SEX)」「セディショナリーズ(SEDITIONARIES)」や「ワールズエンド(World’s End)」のオリジナルが所狭しと展示されている。本展の企画者であり、コレクターとして数々の私物も提供している藤原ヒロシに、UKパンクが世界に与えた衝撃と、いまなお続く絶大な影響について話を聞いた。

UKパンクのムーブメントは、
ほんの2〜3年の出来事だった

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

——マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウエストウッドが手がけた、当時のオリジナルの「セックス」や「セディショナリーズ」から「ワールズエンド」まで、圧巻の展示でした。今回展示されているものは、どのように集めてきたのでしょうか。

藤原ヒロシ(以下、藤原):「ピール&リフト(PEEL&LIFT)」というブランドをやっている細谷(武司)さん、コレクターで友人の安藤(大)さん、それに僕と、3人でずっと集めてきたものが中心です。

——ヒロシさんが10代の時に購入して、実際に着ていたという「セディショナリーズ」のモヘヤニットも展示されていました。

藤原:あのモヘヤはたぶん高校1年生の時に買ったのかな。中学の時はガーゼシャツとかTシャツとかを買っていたので。当時、名古屋に「赤富士」というショップがあって、「セディショナリーズ」を売っていたんです。名古屋には「地球屋」というショップもあって、モヘヤニットはそのお店で買いましたね。

——10代だった当時、パンクのどこに惹かれましたか? その音楽性なのか、ファッションやグラフィックなどのビジュアルなのか、あるいは思想や精神性なのか。

藤原:もう全部ですね。今おっしゃったような、パンクを構成するすべてが衝撃でしたから。一番いろんなものに感化される10代の頃に出会って、まんまと思いっきり影響を受けました。そしてそれは、今でも続いています。

——イギリスのロンドンでパンクが勃興したのが1976〜77年にかけて。その当時、日本におけるUKパンクのムーブメントはどのような扱いだったのでしょうか。

藤原:1977年には音楽誌「ミュージックライフ」でセックス・ピストルズが表紙を飾っていたり、音楽誌以外でも「平凡パンチ」とか「POPEYE」とか「anan」でパンクの特集が組まれていたので、世間一般にもそれなりに情報は伝わっていたと思います。熱心に興味を持った人がどのくらいいたかは分かりませんが。とにかく新しい、今までにないムーブメントとして扱われていました。

——セックス・ピストルズは、1976年11月にシングル「ANARCHY IN THE U.K.」でデビューし、1977年にアルバム「NEVER MIND THE BOLLOCKS, HERE’S THE SEX PISTOLS」を出したあと、翌1978年1月には実質解散しています。以降も再発や関連映画の公開などが続くとはいえ、活動期間としては2年ほどしかありません。

藤原:そう、だから実際の現場というか、ピストルズの活動自体はすごく短い期間のムーブメントだったんですよね。僕が最も影響を受けた「セックス」や「セディショナリーズ」といった初期のアイテムが作られたのも、ほんの2〜3年の間の出来事。当時10代だった僕ではなかなか買えなかったし、情報として知らないことも多かったので、服でもグッズでも、大人になってから買い集めたり、手放してもいいという人がいたら買い取らせてもらったりして、ずっと収集を続けています。

——特に「セディショナリーズ」の服には、さまざまなコラージュが多用されています。たとえば、カール・マルクスの肖像画が縫い付けられていたりとか。そういったモチーフにも関心はありましたか。

藤原:そうですね。出会った頃はカール・マルクスのことも知らなかったので、のちのち勉強したりもしました。ただ、今思うと、マルコム・マクラーレンにしてもヴィヴィアン・ウエストウッドにしても、そこまで強い思想があったのかどうか。思想としてのマルクス主義がどうというよりも、いろいろなアイコンをモチーフとして、ファッションに落とし込んだことが何より新しかった。反体制的な思想はあったと思いますが、それよりも、パンクの魅力としては、何より保守的ではなかったこと。僕もそうですが、これほど短命のムーブメントだったにもかかわらず、のちに与えた影響はものすごいわけですよ。ピストルズを聴いて音楽を始めた人、彼らのファッションを見て服に興味を持った人、レコードジャケットやチラシを見てデザインに興味を持った人、そういう人たちが無数にいる。そして、パンクを出発点に、音楽でもファッションでもデザインでも、たとえそれが違う形になったとしても、パンクに影響された新しいものが次々と世に出てきた。それこそが、パンクがもたらした最も偉大な功績なんじゃないかと思います。

——パンクは衝動をかき立てるムーブメントだった。

藤原:パンク以前、1960年代後半から70年代にはヒッピー文化があり、基本的にはみんなで集まって和気あいあいと連帯するようなスタイルでしたよね。でも、パンクは個人主義。人と違うことをやる、革新的なことをやる。そういったアティチュードを内包していた。だからこそ、音楽でいえば、パンクを経たあとにヒップホップをやる人もいれば、レゲエやボサノヴァ、ジャズにいく人もいれば、環境音楽にいく人もいる。すべての入り口になったのがパンクだった。

——パンクを通過したからこそ、別のジャンルで革新的なものを生み出すことができた。

藤原:そういう人はすごく多いですよ。むしろ、ほとんどの人がそうなんじゃないかとすら、個人的には思いますね。

スタイルをキープするのではなく、
進化し変化するのがUKパンク

藤原ヒロシ

藤原ヒロシ

——ピストルズを起点にイギリスでパンクが盛り上がる少し前、アメリカ・ニューヨークでは先行してパンクのムーブメントが起こっています。その象徴的存在であるラモーンズ(Ramones)などのスタイルはどうですか?

藤原:パンクといっても、アメリカとイギリスではだいぶ別ものですからね。イギリスのパンクのようには夢中にならなかったです。ラモーンズのことは、ピストルズよりもあとから知りましたし。それでいうと、ラモーンズのファッションを原点として、革ジャンにボロボロのジーンズとTシャツ、そういったスタイルをキープすることがパンクだと考える人もいると思うのですが、イギリスの場合はいわば真逆で、常にスタイルを進化させ変化していくことがパンクなんですよ。

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

——今回の展示を見ても、1980年代の「ワールズエンド」は、70年代の「セディショナリーズ」とはだいぶ違ったスタイルになっていることが分かります。

藤原:ファッションもそうだし、音楽性においても、進化と変化がUKパンクの特徴です。ピストルズ解散後、ジョニー・ロットン(Johnny Rotten)はジョン・ライドン(John Lydon)名義でアフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)と一緒に曲を出してますし、ザ・クラッシュ(The Clash)だってダブの要素が強くなったり、ザ・スペシャルズ(The Specials)はファン・ボーイ・スリー(Fun Boy Three、3人組のニューウェーブ・バンド)になった。その次の世代、例えばエヴリシング・バット・ザ・ガール(Everything But the Girl)もパンクから影響を受けながらも自分たちは全然違う音楽性を獲得しましたよね。

——確かに。ラモーンズは、基本的なスタイルはずっと変わりませんでした。

藤原:同じ「パンク」という言葉で括られるけど、このイギリスとアメリカの違いは、実はかなり大きい。

——一方で、今ちょうど映画「ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。」が公開中ですが、70年代後半の「東京ロッカーズ」を中心とした日本のパンクシーンは、どう見ていたのでしょうか。

藤原:僕は正直あんまり知らなかったんですよ。レコードを買っていたのは「東京ロッカーズ」ではなく、「東京ニューウェーブ」と呼ばれていたほうで。8 1/2(ハッカニブンノイチ)とか。中でも僕はプラスチックス(Plastics、日本のテクノポップ・バンド)が好きでしたね。

——当時のプラスチックスのスタイリングを再現した展示もありました。

藤原:東京に出てきて、こういう業界に入って一番驚いたのは、スタイリストという職業があるってことだったんです。ロックスターはみんな用意された服を着せられていたんだって、初めて知った。どんなにカジュアルな服装であっても、それは普段着ている服ではないっていう。それは本当に驚いたし、正直かっこ悪いなと思っちゃいました。

——プラスチックスはメンバーの佐藤チカさんがスタイリスト出身でした。

藤原:だから着せられていなかったし、かっこよくて好きでしたね。

奥行きは大事だけれど、
元ネタを知ってほしいとは思わない

藤原ヒロシ

藤原ヒロシ

——マルコム・マクラーレンはファッションデザイナーでありながら、ピストルズのマネージャーでもあり、メディア戦略などを含め、全体の仕掛けを考えるプロデューサーでもありました。

藤原:そういった人物がいたこともあって、ピストルズを中心としたパンクのムーブメントは、音楽からファッションからデザインから、あらゆるカルチャーが渾然一体となっていました。カルチャーすべてが混ざり合ってこそのパンク。そんな現象って、パンクが最初にして最後というか、後にも先にもないんじゃないかな。ヒップホップはそれに近いものがあるけど、パンクと比べるとファッションは弱い気がしますね。

——マルコムやヴィヴィアン、そしてピストルズまわりのビジュアルデザインを一手に担ったジェイミー・リード(Jamie Reid)の影響元のひとつとして、ヨーロッパの「シチュアシオニスト」の活動があります。ヒロシさんも2025年に豊田市美術館で開催された、シチュアシオニストを扱った「しないでおく、こと。― 芸術と生のアナキズム」展でご自身のコレクションを提供していました。

藤原:10代の頃から分かっていたわけではないですが、のちのちマルコムやジェイミー・リードがどういうものに影響されていたのかを調べるうちに、シチュアシオニストのことも知りました。そうやって勉強することもおもしろいじゃないですか。勉強といっても、数学や科学のようにひとつの答えがあるわけではなく、自分なりの解釈が許される余地があるというか。こことここが繋がっていくんだ、という発見のおもしろさ。あるバンドが好きで、レコードとかTシャツを買ったら、そのグラフィックには元ネタがあった、みたいな経験あるでしょう?

——ディスチャージ(DISCHARGE、1977年から活動するイギリスのハードコア・パンクバンド)の「NEVER AGAIN」(1981年)のジャケットが、ダダイストのジョン・ハートフィールドの作品だったとか。

藤原:そうそう。僕は「奥行き」と呼んでいますけど、奥行きがあればあるほどおもしろいし、追いかけたくもなる。僕がシチュアシオニストにたどり着いたように、最初はパッと見てかっこいいなと思って好きになって、そのあと、このデザインがどうやって生まれたのか知りたくなって、調べてみる。オリジナルを知ることで、さらに好きになったり、好きの幅が広がったり、それこそがカルチャーの醍醐味ですよ。

——それで言うと、ヒロシさんが手がける「ユニフォーム・エクスペリメント(UNIFORM EXPERIMENT)」の2021年春夏コレクション※では、シチュアシオニストのアスガー・ヨルンをフィーチャーしていましたが、手に取る人にはそういった「奥行き」や元ネタまで知ってほしい、という気持ちはありますか。
※「ユニフォーム・エクスペリメント」2021年春夏コレクション

藤原:それは全然ないです。僕が作るものは、単純に僕がほしいと思うものだけなので、元ネタまで伝わってほしいとかはまったく思ってないですね。ただ、それを手に取った人の中に一人でも、興味を持って深く掘り下げる人がいたとしたら、それはそれで、より楽しんでもらえる、っていうだけで。知らなくても全然いい。

——情報化社会ゆえなのか、昨今は元ネタや背景を理解していないと手にする資格なし、といった風潮もあるようにも感じられます。

藤原:そこは気にする必要ないと思いますけどね。分かっていたらより良い、でも、分からなくてもいい。あるいは、時間が経ってから分かることもあるだろうし。僕がやっていて楽しいのは、むしろ、そういうあとになってから理解されることのほうで。まったく別の文脈で知ったことが「そういえば、あのデザインってこれだったんだ」って気づく。そういうのがおもしろいじゃないですか。だから僕はなるべく説明しないようにしているんです。

ヒップホップのサンプリングもパンクの影響下にある

藤原ヒロシ

藤原ヒロシ

——芸術の分野で行われていた転用やコラージュを、フアッションに取り入れたこともパンクの功績と見ていいのでしょうか。

藤原:だと思いますね。写真やメッセージをコラージュして、あそこまで過激なグラフィックをプリントしたTシャツなんて、それまでほとんどなかったはず。一部にはあったとしても、それを一気に広めて、いまだに続いているのはパンクの影響でしょう。

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

——過激さの話でいうと、その政治的、あるいは性的なモチーフやメッセージも含め、70年代当時に作られたものを2026年の目線で見ると、かなり意味合いが違ってくるというか、50年の間に起こった意識や時代の変化を痛感しました。

藤原:言いたいことは分かります。今の時代や文化を考えると、かなり厳しいものはあるでしょうね。その辺の意識は本当に今と全然違うと思います。ただ、繰り返しになりますが、当時のインタビューなんかを読むと、彼らの意図は主義や思想を訴えるというよりも、とにかく世間を驚かせたい、センセーショナルなことをしたい、というのがまずあった。そしてそれは、インパクトを与えるという意味では成功もした。過激なグラフィックだけではなく、世間から「なんだそれ」と眉をひそめられることこそがパンクの狙いでしたし、だからこそ惹きつけられた。でも50年が経って、なるべく眉をひそめられるようなことはしたくない、っていうのが今の価値観ですよね。

——とはいえ、元ネタありきの転用という手法については、ファッションに限らず、今では当たり前になっています。

藤原:パンクがファッションの中でやっていたコラージュみたいなもの、何かと何かを組み合わせて、まったく新しいものを生み出すという手法は、音楽の方面ではサンプリングという呼び名で進化しましたよね。いまやサンプリングという言葉自体が一人歩きしていますが、もともとの思想としてはパンクの影響下にあると思います。まだサンプラーという機材もなかった時代に、レコードを2枚使ってサンプリングしていたヒップホップという音楽の由来は、ブラックミュージックの手法だと思い込んでいたけれど、実はサンプリングという手法自体は、ロックにもあったし、70年代に結成されたクラフトワーク(Kraftwerk)だったりとか、いろんなジャンルでやっていたことで、それはパンクにも通じる文化です。

——それこそマルコム・マクラーレン本人も、80年代にはパンクファッションの手法をそのまま音楽に持ち込んだような、フレーズをコラージュした曲を作り、ヒップホップの草分け的な活動をしていました。

藤原:マルコムが初めてニューヨークへ行った時に、ずっとガイドをしていたアシスタントがいるんですけど、前に彼を取材したことがあるんですよ。その彼が言うには、マルコムがレコードを作るにあたってDJを探していると言ったら、アフリカ・バンバータやグランドマスター・フラッシュ(Grandmaster Flash)をはじめ、アメリカのDJたちがみんなやりたいと名乗り出たと。

——マルコム・マクラーレンが1983年に発表したアルバム「DUCK ROCK」(※ジャケットのイラストはキース・ヘリング)は、ヒップホップの名盤とも言われています。

藤原:そう考えると、やっぱり1976年に起こったパンクのムーブメントは、アメリカのヒップホップにも直接的に大きな影響を与えているんですよね。

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」

エキシビジョン「inception (1976)」グッズ

エキシビジョン「inception (1976)」グッズ

スクラップ&ビルドの再開発こそが東京の文化

藤原ヒロシ

藤原ヒロシ

——表参道ヒルズの前身、同潤会青山アパートメントにはどんな思い出がありますか。

藤原:いろいろありますよ。裏に薄暗い公園があって、ブランコがあったりとか、井戸もありましたね。同潤会アパートがあった時代の原宿の裏側って、薄暗くて牧歌的だったんですよ。今ってキャットストリートを見ても、表参道側と渋谷側でちょっとギャップがあるじゃないですか。でもかつてはそんなことなくて、中央分離帯とか柵がなかったから、自由に渡れた。そういう細かいことが、意外と街のキャラクターをつくっているのかもしれないですね。

——2006年に完成した表参道ヒルズに対しては、どんなイメージでしょう。

藤原:表参道ヒルズに限らず、再開発はどこでも賛否両論あるのかもしれないですけど、僕の印象としては、よくできてるなと思います。表参道ヒルズを設計したのは安藤忠雄さんですが、土地の形である坂を生かしていて、建物の中に傾斜がありますよね。そういう設計ができるのは、土地を丸ごと取得できたからで。もし区画ごとに持ち主が違っていたら、それぞれ1軒ずつバラバラに建てられて、今のように大きな建物の中に坂を作るようなことはできなかった。そうならなかったのはよかったなと思います。

——今回20周年記念プロジェクトとして、表参道ヒルズの踊り場にポップアップストアもオープンします。

藤原:そのまま「ODORIBA」という名前のポップアップストアです。単純に階段の踊り場のスペースが空いていたので、それを名前にして、ダンスフロアとかディスコをテーマにしたグッズなんかを販売しています。

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

ポップアップ「ODORIBA」

——入り口には現代美術家・森本啓太さんの作品「Murmurs Beneath」が飾られています。

森本啓太の作品「Murmurs Beneath」

森本啓太の作品「Murmurs Beneath」

藤原:森本啓太さんは、僕が好きな作家さんなのでオファーして、表参道ヒルズをテーマにした絵を描いてもらいました。仕事をしたのは今回が初めてだったのですが、3年くらい前から、日本というより海外の人たちから「森本啓太って知ってる?」「すごくいいよね」と言われることが多くて、いつか仕事したいなと思っていたんです。

——森本さんご本人は「絵画を始めたきっかけがレンブラントの作品だった」とおっしゃっていますが、光の使い方が絶妙ですよね。

藤原:海外のファンも光の扱い方がいいって言っていたのですが、まさかレンブラントだったとはね。彼の絵だけを見ていても分からなかったけど、今回そういう影響を受けた作家とかの話もできてうれしかったです。そもそも彼は、すごく絵力があるんですよ。展覧会でほかの絵画も見たのですが、大きい作品は表現がしやすいからいい絵になりやすいとしても、彼の作品は小さい絵でもとてもきれいに光や人間を描いていて、そのテクニックがすごい。彼が街を描く時の自動販売機の光とか、暗さと光の描き方に魅力を感じていたので、表参道ヒルズを描いてほしかったんです。表参道って、昼は人も大勢いて明るい賑やかな街ですけど、夜になるとけっこう暗いんですよ。そういうところも今回とてもうまく表現してもらえたなと思っています。

——渋谷でも下北沢でも品川でも、あちこちで行われている再開発についてはどう見ていますか。

藤原:僕は再開発こそが東京の文化であり、魅力だと思って見てますよ。街ごと作り変えるような再開発って、東京でしかできないでしょう。今ちょうど渋谷のレコード文化について書いた「The History of Record Stores in Shibuya & Beyond」(著:武井進一/企画・プロデュース:藤原ヒロシ、鈴木哲也)という本が発売されたばかりなのですが、その取材で80歳オーバーの方々にも取材したんです。その方に渋谷について聞いたら、「僕は70年間渋谷を見てきたけど、工事をしてない時期が1回もない」って。つまり、東京の再開発は今に始まったことではなく、ずっと動いている。世界的には古い建物はなるべく残そうという動きのほうが強いけど、壊して作るのが東京のやり方。もちろん、僕にだって残してほしかった建物や街はありますけど、スクラップ&ビルドの良さもあるわけだから。その一つとして、いま東京がこんなにインバウンドで世界中から観光客が集まっているのは、再開発によるところが大きいでしょうし。新しいものが出来ることで、古きものの良さを再発見できたりもしますからね。

PHOTOS:TAMEKI OSHIRO

開催概要

◾️展示「inception(1976)」
会期:5月2〜17日
時間:11:00〜20:00
会場:表参道ヒルズ本館地下3階 スペース オー
入場料:大人2000円/学生および15〜18歳無料(現金不可)
※一部に過激な表現が含まれるため、15歳未満の方の入場は不可
※入場時に学生証や年齢確認のための身分証の提示を要求する場合がある
※会場内はキャッシュレスのみの対応

◾️ポップアップストア「オドリバ」
会期:5月2日〜7月20日
時間:11:00〜20:00
会場:表参道ヒルズ 本館吹き抜け大階段
※会場内はキャッシュレスのみの対応

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