熊本地震の発生から4月で10年となります。

インフラの復旧などは着実に進む一方で、被災した人の間には「復興の格差」が見えてきます。

【写真を見る】熊本地震10年 「終のすみか」再建叶わぬまま夫は死去 「区画整理と道路拡幅」進む益城町の〝創造的復興〟に翻弄される住民

木村 敬 知事「県道熊本高森線、供用開始します。せーの、開始ー」

3月20日。益城町の中心部と熊本市を結ぶ県道・熊本高森線のうち、4車線に拡幅する区間、3.8キロ全てが開通しました。

2016年の熊本地震で、益城町は震度7の揺れに2度襲われ、倒壊した家屋などがこの県道をふさいだことで、救急車や消防車の到着にも時間がかかりました。

熊本県は、同じ轍を踏まないために、創造的復興に向けた事業の一つとして県道を拡幅する工事を始めたのです。

木村 敬 知事「県道熊本高森線が益城町の復興、町づくりのため、また、熊本市を含む熊本都市圏東部地域の発展につながっていくものと確信している」

インフラの工事は着実に進んでいます。

そんな中で益城町には、復興を遂げた人もいれば、いまだ道半ばの人もいます。

■「終のすみか」は霧の中

76歳の小嶺ひろ子さんです。

小嶺ひろ子さん(76)「自分の家がここと決まって、ちゃんと住めるようになった時が復興なんですよね、私としては」

小嶺さんはいまだに「終のすみか」を得るに至っていません。

地震で店舗兼自宅が全壊した小嶺さんは、2年近く、夫・隆さんと仮設住宅での生活を余儀なくされました。

2人は、早い時期の自宅の再建を目指していましたが、立ちはだかったのが県道の4車線化と区画整理事業でした。

木山地区の県道沿いにある小嶺さんの土地は、この2つの工事の対象となっていましたが、行政側が対象の範囲を示さなかったため、自宅を再建できずにいたのです。

町内で代替地を探したこともあります。しかし、利便性や災害リスクからうまく見つからなかったと言います。

そうした中で、小嶺さん夫婦には、自宅の再建を急がなければいけない理由がありました。

■家族の願い 叶ったはずが…

夫・隆さん「一番に娘と早く一緒に住まないと…」