福島第一原発の事故によって全町避難となった福島県東部の浪江町。一時期、無人地帯となっていたこの町で美しい姿を見せる桜並木がある。それは避難期間中もたびたび一時帰還して、手入れをしてきた有志「絆さくらの会」があったからだ。2017年の避難指示解除から会の活動は活発になり、昔からの町民と新しい移住者をつなぐ場にもなっている。復興のシンボルともいえる桜並木に関わる人々に、震災15年を迎える町への思いを聞いた。(文・写真:ジャーナリスト・室橋裕和/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
人が手をかけないと美しい花が咲かない
春になると請戸川沿いの遊歩道を覆い尽くして咲き誇る、全長1.5キロの桜のアーチ。120本のソメイヨシノが並ぶ福島県浪江町の名所、「請戸川リバーラインの桜並木」だ。
「震災があって、家がどんどん解体されたり、学校が解体されたり、町の原風景がほとんどなくなってしまって。でも、この桜だけは元のままだった」
小黒敬三さん(70)は言う。桜の面倒を見てきた「絆さくらの会」の会長だ。
東日本大震災発生後、4キロほど南にある福島第一原子力発電所で原発建屋が相次いで爆発。浪江町の人たちは避難に追われた。
震災前、2万1542人だった人口は2025年12月末で2419人。医療や介護の施設、商店などもまだ少ない。
目立つのはススキが群生する空き地だ。地震や津波の被害を受けたり、帰還をあきらめたりした人の家が解体され、そこをススキが覆っていく。「売り物件」の看板が各地に立つ。
それでも、小黒さんの表情は明るい。
「何にもなしのゼロになったんで。そこから町をつくれるって、なかなかないよね。逆に、ポテンシャルのある町になったって捉えています」
そんな浪江で、小黒さんら「さくらの会」は請戸川沿いの桜並木に通い続けてきた。手入れを行うのは冬場から春先だ。ソメイヨシノは病気に弱い。菌によって「てんぐ巣病」にかかったり、枝の切り口から腐ったり。人が手をかけないと美しい花が咲かない品種だ。
「まず病気になった枝や枯れ枝を剪定します。切ったままだと雨水や病原菌が入って腐ることがあるので、水分や乾燥を防ぐ薬を塗る。何年かすると患部がふさがる。そうすると、新しい枝に栄養が回って伸びていく」
こうした作業を続けるうち、桜一本一本への愛着を感じるようになった。
「気になるんですよ。花の咲き具合より、病気の枝を見ると切りたくなっちゃう」
だから小黒さんは震災後、立ち入り禁止となった故郷にも許可を得て戻り、桜に向き合ってきた。
